第61話:英雄祭2


 暫くぶらぶらと雑踏を歩いて回っていると、リンカがロイドの袖を引いた。


 連れて行かれたのは吹き矢で的を狙い、景品を得る屋台。

 なんだかんだといってもリンカもまだ子供なんだと思った。


「欲しいものでもあるのか?」


 リンカはおずおずと景品の棚にあった、”琥珀に封じ込められた花”を指し示す。

彼女も年相応の女の子。こうした飾り気のあるものに興味が湧くのは当然のことだと思った。


「ほれ、やってみろ」

「!!」


 何故かリンカは手渡された吹き矢の竹筒とロイドを必死に見比べる。


「やりたくなかったのか?」


 リンカは困ったような笑顔を浮かべた。

意図が分からずロイドが首を傾げていると、リンカは仕方なしといった雰囲気で竹筒を手にとって、ロイドから離れた。

射場に立ち、竹の筒を唇へ当てる。

胸を一杯に膨らませて、大体五メートルほど離れた先にある丸い的へ向けて矢を噴き出す。


 勢いは良い。しかし狙いが全然ダメで、矢は的から外れて、後ろの板に突きささる。

弾数は計五発。

 二と三も大外れ。四になって、ようやく的へ少し近づく。

万応じしての五発目は、どこへ飛んでいったのかさえ分からなかった。


 リンカはへにゃりと口元を歪ませて、苦笑いを浮かべる。

流石にこのままこの露店を去るのは後味が悪いとロイドは思った。


「お願いします」


 ロイドは店主へ金を払い矢を五本受け取った。


「貸してくれ。やってみる」

「!?」


 リンカが持っていた竹筒を貰おうと手を出すと、何故か彼女の方がびくりと震えた。


「? どうした。ほら、早く」

「……」


 リンカは俯き加減に竹筒を手渡してくる。彼女の反応がよくわからないロイドだった。


 吹き矢を握った途端、冒険者としての血が騒ぎ出した。

 弾数は変わらず五発。


 ロイドは竹筒へ矢を込め口に添えた。

とりあえず的を狙って、一発目を鋭く噴き出してみる。


 矢は予想外に飛ばず、しかも的とは全然違う方向に飛んで行った。


 改めて矢を注意深く観察してみる。


(鏃がやや重いな。それに羽根もギリギリのところで筒の内側に触れていないか)


 つまり鏃が重いので狙いは予想よりも下になり、羽が接していないということは噴き出す力がそれだけ逃げてしまう。

 これが武器なら酷いものだが、これはあくまで商売のかかった遊戯用。

文句を言うのはお門違いであった。


 それにロイド自身も吹き矢を扱うのは久方ぶりである。

コツを思い出すには今少し時間がかかりそうだった。


 鏃と羽根の特性を加味した上で、少し上を狙って二射目を放った。

やはり矢の軌道は右へ大幅に逸れる。しかし高さとしては中心点の高さにあった。噴き出すための肺活量も、先ほどより強い目に吹いたが、これで問題なさそうだった。


 次で決める。


 ロイドはこれまでの試射を加味して、三射目を放った。

矢はやや放物線を描いて飛んでゆくが軌道はまっすぐで問題ない。

 鏃が的の左下へ、甲高い音をたてながら命中した。


「よし!」


 大人げもなくロイドは喜び、リンカは青い瞳を丸めてぱちぱちと拍手をする。しかし店の親父は首を横へ振った。


「真ん中じゃなきゃダメだよ」


 さすがは露天であった。一筋縄では行かないらしい。


 ロイドはこなくそ! と四射目を放つ。的には当たるも、今度は右上に刺さった。

残りは後一発。

 露店の親父さんはにやにやと笑みを浮かべて、リンカは固唾を飲んでロイドを見守っている。

 こういう一か八かの緊張感は嫌いではなかった。


 ロイドは改めて、大きく息を吸い、竹筒を口へ押し当てる。

筒の先端はやや上向きに。後はこれまでの失敗を基に修正を加えいざ!


 息を噴き出し、ややあって、小さな矢が勢いよく飛び出す。


「!!」

「おっ?」


 リンカは笑顔を浮かべ、親父さんもまた弾んだ声を上げた。

 ロイドの噴き出した小さな矢は見事、丸い的のど真ん中に命中していたのだった。


「良いねぇ、兄さん! 決めるときゃ決める! いい男っぷりだ!」

「ありがとうございます」

「で、何が欲しいんだい? もしかして選ぶのは兄さんじゃなくて、妹さんの方かい?」


 どうやら親父さんからしてみれば、ロイドとリンカは兄妹に見えているらしかった。

見比べれば、夫婦よりも、そっちの方がしっくりくる。

 何故か、リンカは苦笑いを浮かべていたのだった。


「これが欲しかったんだろ?」


 ロイドは親父さんから景品として貰った”琥珀に封じられた花”をリンカへ手渡す。


 リンカは青い瞳をより一層輝かせた。

渡された琥珀を大事そうに胸に抱え、心底満足そうな笑みを浮かべる。

しかしロイドが未だに手に持っていた、吹き矢の竹筒が視界に入ると、顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。


「どうしたんだ?」

「……」

「あっ……」


 よく見てみると、さっきまでロイドが口を付けていた竹筒には真っ赤なルージュの跡が残っていた。

おそらくこれはリンカの唇を彩っているルージュのもの。

ここに至って、ロイドはようやく察し、彼自身も耳を少年のように赤く染める。


「す、すまん。気が利かなくて……」


 リンカは顔に朱を残したまま、首を横に振って笑顔を浮かべた。


(もしかしリンカは、俺のことを……? まさか……?)


 不意にそんな予感が過った。

考えてみれば、ここまで今日のリンカの様子は、いつも以上に楽し気だったと思い出す。

 ロイドとて木の股から生まれた訳ではない。

 

 リンカはロイドに渡された琥珀を、まるで宝物のように大事に胸に抱いている。

ようやくロイドはリンカの気持ちに気付き始めるたのだった。



●●●



「なんだ、結構うまくやってんじゃん」


 思った感想が思わずオーキスの口からこぼれ出る。

リンカとロイドが上手く行くかどうか心配でずっと後を付けていたが、杞憂だったと思い直す。

 

 オーキスは道の向こうの吹き矢の屋台で、良い雰囲気になっている二人を見つつ、エビを串刺した焼き物へ噛り付く。

妙に苦さが目立つような気がした。焼き過ぎで、漬けタレが焦げているのかもしれない。


 リンカとロイドは仲睦まじく手を取り合って、再び祭の熱に沸く雑踏へ踏み込んでゆく。

サポートの心配は無さそうだった。



「帰ろっか。ってゼフィ、どうかしたの?」


 ゼフィは険しい表情で鼻をひくつかせていた。


「嫌な臭いにゃ……」

「そう? 海鮮焼きの良い匂いだと思うけど?」

「違うにゃ。魔物の匂いにゃ。とっても不吉で嫌な臭いにゃ」

「えっ? ほ、ホント……?」

「こっちにゃ!」


 ゼフィは飛び出して、雑踏へ向かって行く。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 オーキスは残っていたエビの焼き物を一口で平らげ、ゼフィに続く。

エビの殻がつっかえたのか、胸には緩やかな痛みが走っていたのだった。

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