第59話:ロイドの気持ち
出会った当初はリンカのことを、詐欺師の仲間か
それが今や、胸を高鳴らせる、稀有な存在になっている。
まったくもって人生何が起こるか全くわからない。
「もしかしてお嬢ちゃんのこと考えてるのか、おい?」
吐きだした紫煙の向こうで、憲兵で友人の”ジール”がニタニタと笑みを浮かべている。
リンカを旅立させるか否か――頭を悩ませているこのタイミングでジールは不思議と、ロイドを飲みに誘ってくれた。
ジールにしてみれば意図せずだったろう。
しかし今のロイドにとって誰かと話せることは、凄く助かった。
長年の友人に感謝が絶えないロイドなのだった。
「まぁな……」
「んったく、のぼせあがりあがってよ。でも、まぁ、ちっと悔しいが、結構嬉しいぜ、俺」
「そうなのか?」
「今だから言えるけどよ、結構お前のこと心配してたんだぜ? 半年前はいっつも死んだ魚のような目をしていてよ。だから、おめぇが元気を取り戻して嬉しいんだよ。だからようやくCランクにもなれたんだよな!」
かつて共に夢へまい進した友人は、まるで自分のことのように破顔し、アクアビッテを一気に流し込む。
ジールもかつてはロイドと共に”勇者”を目指していた。彼もロイドの同じく長らくDランクに留まりつつも、互いに切磋琢磨し、夢へ、目標へ向けて突き進んでいた。
そんな彼はロイドよりも早々に夢を夢として終わらせた。現実を受け入れて、新たな道を進み始めた。
ジール曰く、無謀な夢よりも、近くの幸せ――”家族”を選んだ結果だと言う。
「なぁ、ジール、その……家族って良いものか?」
「ん? なんだよ藪から棒に」
「いや、なんとなくな……」
「まぁ、昔はおしとやかだった嫁も今は何かとうるさいな。娘も可愛いけど、我がままで困ったもんよ。だけどな……嫁が俺の今の希望で、娘が夢なんだ。俺は結局、周りが認める”勇者”なんてもんにはなれなかったけどよ、だけど今の俺は家族を守る”勇者”になれたからな」
家族を守るための”勇者”
その言葉がロイドへ妙に響く。
――世界に危機が迫っているのはわかる。リンカの手を離さなければならない状況であるのは理解している。
それでも、もし彼女がロイドを選んだのなら。
世界よりも彼との生活を選んだのなら。
もしもその選択をロイド自身も受け入れたのならば――
様々な考えや、可能性がロイドの中で渦巻き、頭を悩ませる。
選択すべき答えは、ただ一つきり。
未曽有の災禍に見舞われようとしている世界のことを考えれば、リンカの手を離す事以外の選択は無い。
それを頭ではわかってはいる。
しかし選択しようとすると、心が待ったをかけてくるのだった。
ジールは門限があると酒場を早々に去ってゆき、ロイドは一人夜の帳が下りたアルビオンの街へ踏み出す。
今日はやけに人出が多かった。
そこでようやく明日が、かつて世界を恐怖のどん底へ突き落とした魔神皇の三番目の寵妃”東の魔女”を打倒した、勇者アルビオン=シナプスの英霊を鎮魂する”英雄祭”の日であると思い出す。
かつて命を賭して東の魔女を倒した、伝説の英雄。
ロイドが”勇者”の目標としていた偉大な人物。
そして若かりし日のロイドは、彼のようになれると信じて疑わなかった。
もしも自分が今”勇者”ならば、悩む必要は無かったと思った。
自らが”勇者”として魔神皇との戦いに身を投じ、そしてリンカを守れば良いだけ――そんな絵空事を思い浮かべるまだ少し青臭い自分にロイドは苦笑いを浮かべた。
おそらく彼はもうアルビオンのような”勇者”になることは叶わないのだろう。
20年近くかけて、そして大勢の人の力を借りてようやくCランクに上り詰めた彼が、今から”勇者”を目指すなど、途方もないことだった。
できることは限らている。自分が凡才であるという自覚はある。
その中で、自分に何ができ、そして何を諦めるべきかを選択し、前へ進んでゆかねばならない。
そんな今のロイドに選べることは二つ。
一つは偉大な力を持った「リンカ=ラビアン」という少女を旅立させるか。
そしてもう一つは友人のジールが語った”彼女だけの勇者”になるか。
手を離すべきという現実。手を離さないという可能性。
これはロイドが選ぶべき事柄である。
しかしその前に、大前提として確かめねばならないことがあった。
聖王の招聘をリンカが断った真意が未だにわからなかった
彼女の真意を聞き出す必要があった。
それ無くして、いずれの選択も、ロイドの妄想といって過言ではなかった。
決断できない原因はそこにあると思った。
ロイドはまず成すべきことを成すべく、家路を急ぐ。
「ただいま」
帰宅したロイドはいつも通りの挨拶を家へ響かせる。
不思議なことにリンカは出て来なかった。
居間へ向かってみると、真っ先に机の上へ羊皮紙を広げて、真剣に筆記をしているリンカの背中に出くわす。
「何してるんだ?」
ようやくロイドの存在に気付いたのか、リンカは椅子から飛び上がるように立ち上がる。
酷く呼吸が荒く、顔が赤い。
「だ、大丈夫か? 具合でも良くないのか?」
全力で、フルフルと首を横に振る。
そして彼女は、机の上においてあった羊皮紙をひったくる。
【明日、私をお祭に連れてって下さい! お願いします!】
目の前に晒された羊皮紙には、随分上手くなった筆致でそう書かれていたのだった。
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