第51話:Cランク昇段試験
ロイドは谷底で怪物の猛攻を受けたが、幸い命に別状のない外傷ばかりだった。
二日ほど治癒院で寝込んだものの、三日目にはある程度動けるようになった。
そして四日目を迎え、ロイドは治癒士へリンカのことを頼み、自らは彼女の家へ戻った。
勿論、一時はリンカに付き添い、看病をしようと考えた。
しかしそのために試験を受けなかったともなれば、リンカが悲しむような気がした。そう思えてならなかった。
今自分がなすべきこと――それはCランク昇段試験へ全力を注ぐこと、ただ一つ。
リンカの家へ戻ったロイドは早速Cランク昇段試験へ向けての追い込みに入った。
彼の記憶と感覚が正しかったならば、最後の追い込みは殆ど寝ずに行ったように思う。
それまで感じていた焦燥感は無く、ロイドは一人黙々と試験へ向けての最終調整を行った。妙に集中力が高まっていて、寝ること自体が億劫に感じられるほどだった。
そして七日目の朝。Cランク昇段試験の当日を迎える。
家主のリンカは未だに治癒院にいるため、当然見送りはない。
しかし姿は見えずとも、不思議とリンカが傍で応援してくれているように思えた。
(どんな結果が出ても、伝えに行こう。待っててくれ、リンカ)
ロイドは心の中でそう決意し、胸を張って家を出る。
試験会場である、アルビオン冒険者ギルドを目指して、脚の痛みを堪えつつ、向かって行く。
頭はいつも以上に冴えていた。
傷の影響で節々の傷が痛むが、身体自体は軽く感じられる。
気持ちもまるで静かな湖畔のように落ち着いていたのだった。
●●●
「ッ……!」
左足に痛みを感じて、ロイドは思わず顔をしかめる。
しかし痛みを感じると言うことは、足がまたちゃんとロイドの身体にくっついている証拠。
治癒士によれば、あと少しばかり傷が深ければ、切断は不可避だったらしい。
ならば痛みに対してでも感謝の念が湧くというもの。
ロイドはすこし足を引きずりつつ道を行く。
そして一週間ほど前からリンカが世話になっている小さな診療所の扉を叩いた。
すぐさま扉が開き初老の治癒士が、ロイドを穏やかな表情で中へ招き入れる。
「リンカの様子はどうですか?」
「毒は完全に抜けました。もう心配はありません。明日か、遅くとも明後日には帰宅できますよ」
治癒士の言葉にロイドはほっと胸をなで下ろす。
ロイドがリンカを治癒院に連れ込んで、最初の三日間は常に命の危険と隣り合わせの状態だった。
それでも彼女がここまで持ち直すことができたのは、治癒士曰く、初期対応が良かったから、ということらしい。
ロイドのつたない”
あの時、なりふり構わず、魔法を発動して良かったと、改めて思い直す。
そんなことを考えていると、いつの間にかすっかり通いなれた病室の扉の前に立っていた。
「入るぞ」
ノックをしたうえで入ると、真っ先に飛び込んできたのは、温かい風の中で靡く、美しい黄金の髪だった。
ベッドから身を起こしたリンカは暖かい陽だまりの中で、窓から吹き込んでくる穏やかな風を浴びている。
ロイドに気付かない程、心地が良いらしい。
その横顔は凄く穏やかで、凄く愛らしくて、そして凄く綺麗で。
自然と胸が熱くなり、思わず見とれてしまう。
しかし今日は伝えなければならないことがあることを思い出す。
「おはよう、リンカ」
「!」
ようやくロイドに気づいたリンカは、あたふたと窓を閉めた。
凄く申し訳なさそうに顔をしかめ、ペコリと頭を下げて見せる。
「邪魔したか?」
リンカは頬を僅かに赤く染めつつ、フルフルと首を横へ振る。
「身体は大丈夫か? 気分は良いか?」
矢継ぎ早だが、柔らかく問う。
今度は首を縦に振った。顔色も昨日と比べてすこぶる良く、治癒士の語った検分に間違いはなさそうだった。
「リンカ、聞いて欲しいことがあるんだ」
そう切り出す。リンカは青い瞳にロイドを写す。
「先ほどCランク昇段試験を受け取ってきた。その結果なんだが――」
ごくりと、リンカは息を飲み、まるで自分のことのような雰囲気で緊張した様子を見せている。
「おかげさまで、合格だ」
「!!」
まるで固い氷が解けるかのように、リンカの表情が明るむ。
ロイドはそんな彼女へ羊皮紙の”Cランク合格認定証”と、課題で復活させた黄色い一厘の花を渡す。
この成功が色んな人が関わってくれた上に成り立っているのだと、復活させた花を見るたびにロイドは思い出す。
図書館でモーラが参考書を紹介してくれたから、ゼフィがオーキスの気持ちを代弁してくれたから、オーキスが参考書の翻訳を手伝ってくれたから――なによりもリンカが傍で支えてくれたから。だからこそこの成果が得られたのだと思う。
しかし成果を収めたロイドの表情は未だ硬い。
そんなロイドの顔を見て、リンカは小首を傾げた。
「でもこの合格は奇跡だ」
「?」
「試験の時、俺に配布されたこの花が他のものよりも僅かに元気な様子だったんだ。だから俺のつたない回復魔法でも治癒ができた。審査委員も相当悩んでいた様子だったな。俺自身も、会場で結果を待つ間、不安だったよ。自信満々とは言い難かったな」
リンカは静かに首を横へ降り、笑顔を送ってくる。
きっと”そんなことはない”と伝えてきているのかもしれない。
結果は結果である。Cランクに昇段したのは間違いない。しかしそれでも――
「俺はCランクになったがまだまだだ。この程度の回復魔法ではCランクとして恥ずかしい」
「……」
「だから頼む。これからは俺へ、Cランクへ相応しいようにリンカから色々と教えて欲しい。君の力を貸して欲しい。こんな初歩的な魔法の指導は迷惑かもしれないが……」
そう言いよどむロイドへリンカは首を横へ振って見せた。
次いで彼の指へ迷わず自分を指を絡ませて、満面の笑みを浮かべる。
そして嬉しそうに首を縦へ振った。まるで”任せて!”と言わんばかりの動作に、ロイドは胸の内に温かい熱を覚えた。
このリンカの笑顔を守りたい。
確かにロイドは公が認める”Cランク”となった。
だけど彼自身が望む、Cランクはまだほど遠い。だからこそこれからもめげずに、前向きに努力を続けてゆこうと思う。
もしまたリンカが危ない目にあった時は、もっとちゃんと助けてあげられるように。
自分だけでは無理でも、傍にこうして居てくれる、大事な人の力を借りながら。
これからも二人で支えあって。
「この間はすまなかった。そしてこれまでありがとう、ずっと支えてくれて……なんだ、その……これからも色々と付き合ってくれるとありがたい」
上手い伝え方が思い浮かばなかったロイドは、それでも素直な気持ちを口にする。
そんな拙い言葉ではあってもリンカは満面の笑みで応えてくれるのだった。
●●●
「行くよ」
「はいにゃ~」
ロイドとリンカの様子を、扉の隙間にから見てしまったオーキスは、病室の前に手土産を置いて、踵を返した。
「おっちゃんとリンカちゃん良い雰囲気だったにゃね?」
「そだね」
帰り道の中、ゼフィはロイドとリンカの姿を微笑ましそうに呟き、オーキスは気の無い返事を返す。
「もしかして嫉妬にゃ?」
「は? んなわけないじゃん」
外の日差しは温かい。何故かオーキスの気持ちも軽やかだった。
本人もどうしてそんな気持ちになっているのか分かっていない。
しかし悪い気分ではなかった。
「年上か……」
「? なんかいったにゃ?」
「ううん。よーし、稼ぎに行きますか、姉妹!」
「ちょ、ちょっと、オーちゃん!? 待つにゃ~!」
オーキスは走りだし、ゼフィが跡を追う。
不思議な胸の温かさを感ながらオーキスは街へ向けて歩き出す。
親友とその彼の、仲睦まじい暖かい光景を思い出しながら。
*これにて3章終了となります。ありがとうございました。
続く【最終章】は6/14日 12:00~を予定しております。明日は執筆が間に合えば閑章を挟むつもりでおります。よろしくお願いいたします。また【近況ノート】も後程上げますので、ご覧いただければ幸いです。
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