第42話:Cランク昇段試験の概要
思い立ったら即行動が、昔のロイドの基本であった。
彼は翌日、早速冒険者ギルドで【Cランク冒険者昇段試験】への申し込みを済ませる。
受験料は一回20000Gと高いが仕方がない。
試験日までは一か月ほど。やや時間が少ない。
(なんとか間に合わせるしかないな……)
時間を努力でカバーするしかない。そう心に決める。
(ザーン・メルの討伐が報告できてさえいれば、試験も容易にパスできただろうな)
今さら、そんなことを思うが、伝説の魔神を倒したのはもう一か月以上も前のことだった。
もしもきちんと報告できていたならば、ワンランク上げるどこから、飛び級も夢ではなかったかもしれない。
しかし残念ながら討伐の証拠品となるザーン・メルの一部は持ち合わせていなかった。召喚したサラマンダ―の炎の力で、塵一つ残さず消滅していた。
第一、あの成果は殆どがリンカの活躍によるものである。
ロイドが大手を振って、自分の成果として報告するのはどうかと思った。
だけども魔神討伐の経験は、ロイドへ確かな手ごたえを感じさせていた。
今までの自分とは違うように思えた。
今回こそはCランクへ昇段できるような気がしてならない。
ロイドは数年ぶりに、昇段試験の実施要項に視線を落とした。
●●●
冒険者ギルドに所属する各冒険者はその能力に応じて、等級で分けられていた。
最高位は【S】
そこからA、B、C、D、E、Fの順に格付けが下がってゆく。
等級が上がればより報酬も良く、難解な依頼の受注が可能となり、その逆も然り。
等級を上げるための条件にはもちろん武功も考査の一部ではある。
しかし一番肝要なのが、魔法協会が管理運営する”昇段試験”を受け、課題として課される”魔法”の習得と実演することであった。
その試験を超え無ければ、並みの武功程度では等級をあげることは叶わないのである。
各等級昇段における習得魔法は以下となる。
Fランクの課題 → 防御力上昇の魔法:
*実施内容:対象魔法をかけたうえで、低位モンスターの攻撃から一定時間耐える。
Eの課題 → 攻撃力上昇の魔法 :
*実施内容:対象魔法をかけたうえで、ゴーレム一体の討伐する。
Dの課題 → 素早さ上昇の魔法:
*実施内容:対象魔法をかけた上で、毒バチの巣窟からの早期脱出する。
ここまでがロイドの経験した試験内容であった。
そして以降は未知の領域で、概要しか知らないことである。
Cの課題 → 回復魔法:ヒール → 萎れた花の治癒力を高めて、復活させる
Bの課題 → 四属性いずれかの単体攻撃魔法行使とそれによる敵の殲滅
Aの課題 → 四属性いずれかの全体攻撃魔法行使とそれによる敵の殲滅。
Sの課題 → 光・闇、いずれかの魔法の行使とそれによる特危険種の複数殲滅。
今回ロイドが数年ぶりに受験するCランク昇段の習得必須魔法は”回復魔法:ヒール”
自分は基より、傷を追った仲間へ、わずかな治癒を授ける初歩の回復魔法である。
ここまでが精霊の力に頼らない、自己魔力由来の魔法となる。
●●●
「リンカ、Cランクへの昇段試験を受けようと思うんだ。だから暫く神代文字の勉強は休ませてもらいたいけど、良いか?」
その日の晩の食事時、ロイドはリンカへそう報告する。
彼女はにっこりと笑顔を浮かべて、強く頷いてくれた。
納得してくれたらしい。
するとリンカは首を傾げて、何かを考えている仕草を見せる。
「どうかしたか?」
ややあってリンカはスプーンを持ったまま、両腕を掲げた。
そして必死に、何回も、縦へ降り始める。
奇妙な動作だったが、青い瞳は真剣そのもの。少し恥ずかしいのか、頬が赤く染まっている。
それでも彼女は必死にその動作を繰り返している。
おそらくロイドへ何かを伝えようとしているのだろう。しかし肝心の彼は、動作の意図が良くわからなかった。
「す、すまない。何を伝えたいんだ……?」
リンカは諦めたようにため息を付き動作を止めた。そして今度は自室へかけてゆく。
リンカの部屋から暫くドタバタと物音が聞こえ始める。やがて丸めた羊皮紙を手にもってリンカが戻ってきた。
【がん張って、下さい! オウエン、しています!】
神代文字の漢字とひらがな、更に標準言語を織り交ぜた、メッセージがリンカの開いた羊皮紙に書かれていた。
出会った時よりも格段に上手い筆致にはなっているが、やはりたどたどしい。
しかし一生懸命に書いたことは、すごく伝わってくる。
そこに至って、ロイドはようやく先ほどのリンカの奇妙な動作が何を表しているのか察したのだった。
「ありがとう。気づけなくてすまない。頑張るよ」
ロイドは先ほどリンカがしてみせた動作を真似てみせた。
改めて自分がした動作をやってみせられたリンカは、恥ずかしいのか顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。
たどたどしい応援メッセージの書かれた羊皮紙をロイドへ押し付けて、そそくさと自分の席へと戻って行く。
そして何事も無かったかのようにスプーンを握り直して、スープをすすり始める。
これ以上からかうのは可哀そうだと思ったロイドも、リンカの奇妙な動作を忘れることにして、パンを頬張った。
ロイドとリンカの間に言葉は無い。
だけど、リンカはロイドのことを精一杯応援してくれてるように強く感じる。
(頑張らないとな。今の応援に応えるためにも)
ロイドは絶対合格を決意し、スプーンを握りなおす。
普段は塩気が足りないリンカの手料理。
しかし今はほとんど気にならない。
むしろ今夜のものは今までの中で一番の旨さのように感じる。
そんなロイドをリンカはニコニコした笑顔を浮かべて、見つめ続けているのだった。
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