第43話:試験への道のり
Cランク昇段試験合格への決意は固まった。
しかしそれ以前にロイドには体質的な課題が存在していた。
物理攻撃はめっぽう強い彼。
そんな彼は生まれつき魔力の総量が低くかったのである。
何とか訓練を貸すことで、Dランク昇段要件魔法が行使できる程度までには強化することができた。
だが、今のままでは、課題である”回復魔法”を行使するにはいささか足りない。
試験課題と生まれつきの課題、その両方に立ち向かわなければならなかったのである。
そうして迎えた決意の朝。
まだリンカが寝静まっている中、着替えを済ませて、早速外へ出る。
小屋の外に靄は無く、凛とした朝の空気が心地よい。
始まりの朝にはもってこいである。
ロイドは軽く準備運動を済ませると、数年ぶりに”走り込み”を開始した。
近年、肉体が強く健全であれば、わずかばかり魔力が向上するという研究結果が発表されていた。
生まれつき魔力が低いなら、それを努力でカバーすれば良い。
その手段として彼が選んだ一つが”走り込み”であった。
早朝の凛とした空気の中へロイドの呼吸が溶けてゆく。
平坦な道は大丈夫だったが、やや坂道に入ると少し息苦しさを覚える。
煙草の吸い過ぎが、加齢のせいか。ほんの数年前まで、難なく思えた坂道が、今は高い壁のように感じられて仕方がない。
しかしこんな坂道程度で挫けてなるものか。こんな初歩の初歩で自分に甘くしてはCランク昇段など夢また夢。
そう思うと息苦しいのは確かだが、力が湧いた。
険しい壁のように見えた坂道が、平坦のように思えた。
身体も走ることが自然となり始めたのか、息苦しさは無い。
むしろ浮かんだ汗が、火照った身体を丁度良い具合に冷やしてくれている。
ロイドは心地よさを覚えつつ、一気に坂道を駆け上がるのだった。
魔力の向上は肉体の健全さもさることながら、精神衛生の良さも相応の寄与をするらしい。
次いで彼が始めたのは静かな瞑想だった。
腰を据えるのに丁度好さそうな切り株へ、背筋を伸ばして座り込む。
瞳を閉じ、心を無にする。
一切合財の雑念を払拭し、ようやく目覚め始めた森の空気へ、身も心をも溶かしこむ。
ただ静かに、空気を肌で感じ、森の清々しい香りを鼻で感じる。
心が洗われ、静まり、まるで自分が森の一部になったような感覚を得る。
調子は上々であった。快調と行っても良い。むしろ、今自分がやっていることに懐かしさを覚える。
(昔は本気で”勇者”になれると思って、毎日こんなことをしていたな……)
未だ現実を知らなかった、若い頃の自分の姿を思い起こし、苦笑を禁じ得なかった。
ふと、そんな彼の鼻を、さりげなく旨そうな食べ物の匂いが掠めてくる。
合わさるように流れてくるひだまりのような、心地の良い匂い。
「!!」
そっと目を開けてみると、青い瞳と視線が交わる。
バスケットを持ったリンカはあたふたと、何かを言いたげに狼狽えていた。
「今、終わったところだ。邪魔じゃないぞ」
ロイドの言葉にリンカはほっと胸をなで下ろす。
「それは?」
次いで手にしたバスケットを指摘する。
リンカは愛らしい笑顔を浮かべて、蓋を開いた。
色とりどりで新鮮そうな野菜と
どうやらこれは、ロイドへの朝食らしい。
「わざわざ済まないな。ありがとう」
リンカは顔を僅かに赤く染め、おずおずと小さく頷いて見せる。
相変わらずどちらが雇い主なのか良く分からない。
しかし可愛らしい雇い主殿は、被雇用者を精一杯応援してくれている。
ロイドは穏やかな気持ちで、リンカがわざわざ作ってきてくれた朝食をありがたみながら食する。
相変わらず、二人の間に言葉は無い。
ただ静かな静寂が流れるだけ。
だけども、穏やかで、心地良い空気であった。
いつまでもこんな穏やかな日々が続けば良い。
ロイドは正直にそう思った。
食事を終え、心も腹も満たされたロイドは、今の自分の力を正しく図ろうと思った。
Cランクの昇段試験の課題は”回復魔法の行使”である。
試験時は課題として各自へ”萎れた花”が配布される。
それへ回復魔法を施し、復活の良し悪しによって合否が決まるのである。
リンカを連れだって暫く森を彷徨うと、木陰の下に、課題になりそうな”萎れた花”を発見した。
彼はすぐさま屈みこみ、準備へ入る。
治癒の基本として、まずはどこが弱っているのか”患部”を特定する。
そしてそこへ集中的に回復魔法を施し、対象の花を復活させるのが一般的な方法である。
早速ロイドは花へ手を翳し、気持ちを落ち着ける。
自身が内在する魔力を呼び起こして翳した掌から、萎れた花へ放射してゆく。
こうすればやがて患部が見えてくる筈。
しかし閉じた瞼に花の陰影は写るものの、患部らしき光点が浮かんでこない。
(焦るな……ゆっくり……)
気持ちを落ち着けて、もう一度。
それでも患部は見えてこない。
やる気は最後にCランク昇段試験を受けた数年前よりも遥かにある。
だがやる気は、すなわち実力の向上となるほど、世の中は甘くないようだった。
正直に言うと、前とちっとも結果は変わらない。
こんな様では、幾ら優しいリンカでも苦笑いを浮かべているのではないか。
少し陰鬱な心持ちで目を開ける。
リンカは優しい笑顔を浮かべ、特に気にした素振りを見せていない。
気を使ってくれているようだった。
(この笑顔のためにも頑張らないとな)
●●●
思い立ったら即行動である。
なにせCランク昇段試験までは1か月を切ろうとしている。
朝の訓練を終えてロイドは、リンカの家へ戻ってすぐに身支度を済ませた。
「図書館へ行ってくる。すまないが昼食は済ませておいてくれ」
リンカの笑顔に見送られて、ロイドは足早にアルビオンにある聖王国でも随一の蔵書量を誇る、”大図書館”へ向かってゆく。
大図書館――その地下にある”閉架書庫”には彼女がいる。
そう思うだけで、何故かリンカに申し訳ないことをしているような気がしてならない。
(試験に集中だ、集中。それに外の彼女と俺は何の関係もない)
自分自身へ言い聞かせて道を行き、アルビオンにある大図書館を訪れる。
アルビオンの大図書館と言えば、城ほど大きく、聖王国きっての蔵書量を誇る巨大図書館である。
きっとそこならば今の状況を打開するためのヒントが見つかる筈。
ロイドは数多の蔵書に気圧されつつも、自分より背の高い書架の間を彷徨い歩く。
「うー……! ぬぅー!」
静かな筈の図書館に、必死めいた唸りのような声が響いた。
書架の間から声のした方を覗いてみる。
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