【三章】Cランク昇段試験

第41話:収入格差


 麗らかな陽光が降り注ぐ、昼下がり。

久方ぶりに討伐の依頼クエストをこなしたロイドは、城砦のような佇まいのギルド集会場へ入って行く。


 討伐とは言っても、大した魔物は相手にしていない。

相手は害獣と大差のない、極めて低位の魔物ばかりである。


 例え数のでは数十匹仕留めていようとも、受付カウンターで支払われたのは3000G程。

しかし低位魔物を飼っただけでこの金額はまずまず稼いだ方だった。

十分にコストに見合った結果である。

 今は稼ぎの金額よりも、無事に雇い主であるリンカのところへ帰るのが彼の最優先事項であった。


「そういえば、先日お持ちいただいた文字魔法の巻物スクロールですけど、早速買い手が付きましたよ」


 と、受付の職員はニコニコ笑顔を浮かべながら、机の上へもう一つ、硬貨の入った袋を置く。

先ほどロイドが受け取った袋よりも遥かに膨らんでいた。

数えずとも、ざっと10000Gはくだらない金額が入っていると判断できた。

 

 代行販売の手数料として事前に二割ほど引かれているのだろうから、”リンカの文字魔法の巻物”は10000G以上の価値がある物らしい。


「随分と高値が付いたんだな」

「ええ。高名な魔法使いの方が観た瞬間に即決してくださいましてね」


 リンカの神代文字は未だに綺麗とは言い難く、ひらがなも多い。

傍からみれば、子供が適当に書いた落書きに見えてしまうのも否めない。

しかし高名な魔法使いは、まずい文字というノイズに惑わされず、巻物に込められた強力な力を瞬時に見抜いたのだろう。


 

(さすがはSSランク魔導士のリンカ=ラビアン。文字がマズくても、実力は折り紙付きってことか)


 ロイドは少し複雑な気分になりつつ、大小二つの硬貨の入った小袋を腰の雑嚢に押し込んだ。

集会場出て、賑わう聖王国でも屈指の大都市であるアルビオンの喧騒に惑わされることなく、家路を急ぐ。


 森を進み、時折蛇や蜂の低位魔物を退けつつ、けもの道を進んでゆく。

やがて木々が開けて、陽だまりの中にぽつんと佇む一軒家へ達した。


「戻ったぞ」


 魔除けの効果のあるドライフラワーのリースがかけられた玄関戸を開いて、いつものように無事の帰還を告げる。

すぐさまパタパタと軽快な足音が聞こえてくる。

ロイドの雇い主で、声を失った稀代の大魔法使いリンカ=ラビアンは、言葉の代わりに愛らしい笑顔で迎えてくれた。


 依頼は家へ無事に帰って初めて完了となる。決して最後まで油断してはならない。

そんな冒険者としての鉄則も、リンカの出迎えの笑顔を見れば、名実ともに終わりとなるのだった。


「そういえば、先日ギルドに持ち込んだ文字魔法の巻物スクロールだが、早速売れたぞ」


  ロイドはテーブルヘ10000Gもの硬貨が入った袋を置く。

最初こそ驚いていただけのリンカだったが、やがて顔をが真っ赤に染まってゆく。

顔を俯かせて、モジモジと身体をくねらせる。


これはおそらく――売れたのは嬉しいが、自分のマズイ文字を見られて恥ずかしい、といったところか。


「もう少し神代文字を綺麗に書けるようになろうな」


 リンカはおずおずと頷く。

そして、いつも通り今日の課題を書きとった羊皮紙を差し出してくる。


 ひらがなは、ここ二か月で習得した。

今は神代文字の最も重要な箇所且つ、際限のない部分。”漢字”へ移っている。


 今日の課題は漢数字の基本【いちからじゅう】である。


 ひらがなに対して画数が多く、覚えるのが難解だが、意外とよく書けていた。

記憶力は良いらしい。

さすがは先日、ひらがなと簡単な漢字だけで、長い詠唱文をスラスラと記載しただけのことはある。



「上手いな。良い調子だぞ。じゃあ飯が終ったら、自然に関する神代文字だ」


 素直な感想を告げると、リンカは満面の笑みで何回も頷いてみせる。

 最近は、リンカ自身も声を無くしたことに慣れ始めたのか、できるだけオーバーなリアクションを取って、感情を表現してくれている。


傍から見ればまるでその様子は小さな子供のようだった。しかしこうしてはっきりとリアクションをしてくれるおかげで、言葉が無くても十分にコミュニケーションが取れている。


 ロイドの賞賛に、今日のリンカはいつも以上に喜んでいるらしい。

喜んでくれることは良いことなのだが、今日のロイドは少々複雑な気分であった。


 今のロイドとリンカはコンビだが、やはり格差があり過ぎる。


 討伐依頼をこなして3000Gを稼ぐDランク冒険者のロイド。

対するリンカは、声を失っていようとも、たとえ文字がまずかろうとも、羊皮紙一枚で10000Gを稼ぎ出すSSランク魔法使い。


 はっきり言って、今の二人は釣りあっていない。


(さすがにDランクのままではマズいな)


 近い将来、二人で外へ冒険にでる機会があるかもしれない。

その時DランクとSSランクの組み合わせでは、どうにも見栄えが悪いような気がする。


 こんなに周りのことを気にして、やる気を出すのは数年ぶりのことだった。

こんなやる気が沸いたのは20代の頃以来だった。


 これも全て、不意に現れ、今も傍にいるリンカのお陰だった。

 彼女に神代文字の勉強を頑張らせているのだから、自分も少しは頑張らねばと強く思った。


(久々に挑戦してみるか……Cランク昇段試験に!)




*本章は半ばに「ストレス展開」を含みます。該当箇所の前へは「注意」を記載します。また該当箇所は一斉更新を行います。予めご了承ください。

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