第36話:妖精の血を引く者はいずこへ



 魔法協会の重鎮である”テトラ家”が取り潰しとなった。

衝撃的な情報が聖王国を駆け巡る。


 テトラの家の人間は全員、快楽を得るための危険な薬物に手を付けていたらしい。

薬の出先は、ポーションで財を成していたキンバライト。

更に始末が悪いことに、その薬には ”伝心”の魔法が込められていた。


”伝心”とはかけられた相手へ、言葉を直接流し込む魔法。

妖精エルフの秘術の一つに数えられる、人間には成しえないものである。


 国の中枢を成す一家が全員薬漬けになり、何者かの操り人形となっていた。


 聖王都は総力を挙げて、薬の製造者と”操り主”を目下捜索中、とのこと。


 その”操り主”へは多額の懸賞金がかけられ、数多の冒険者が血眼になって探しているという。


 しかしその正体が”妖精の血を引く者”ということ以外は分かってはいない。


●●●



「よぉ。わざわざ来てもらってわりぃな」


 友人の憲兵であるジールは挨拶を投げかけて来る。

 ロイドはアルビオン憲兵隊の詰め所を訪れていたのだった。


「いや……それで、サリスはみつかったか?」


 ロイドは開口一番にそのことを聞く。しかしジールは首を横へ振った。


「影も形も無かったみてぇだ。瓦礫を掘り起こして、辺りも犬を使って探索したけど、髪の一本もみつかりやしねぇ。不思議なことによ」


 サリス曰く、リンカの声の呪いは妖精エルフの秘術で、彼女の命と繋がっているらしい。


 しかしリンカの声は未だ戻らず、であった。


 口からの出まかせだったのか、サリスは未だにどこかで生きているのか定かではない。

しかし崖から落ちたサリスの遺体は見つからず、リンカの声は戻っていない。

それが事実であり、現状だった。


「ありがとう。すまないがもう少しだけ探してやってくれ」

「まっ、こっちとしてもその”ハイエルフの末裔の女”ってのには山ほど聞きたいことがあるからよ。でも、その前に必ずお前には会わせる、約束する」

「ありがとう。悪いが、引き続きよろしく頼む」


 ロイドはおもむろに立ち上がる。


「なんだもう行くのか? もうちっとゆっくりしても良いんだぜ?」

「人を待たせてるんでな」


 するとジールはにやりと笑みを浮かべた。


「なんだよ、またあのお嬢ちゃんとデートか?」

「ばか云うな。仕事だ」

「んったく……あの子に加えて、ハイエルフの女に、ビムガンの族長の娘、更にメイガ―ビームのご令嬢様だろ? ほんと最近のお前、どうしたんだ? 遅く来た春ってやつか?」

「たまたまだ。それに……なんだ、リンカ以外は別になんでもない」


 ロイドがそういうとジールは、そんな彼を盛大に笑い飛ばすのだった。



 詰所の外では、彼女が石壁に背中を預けてロイドを待っていた。


 まるで上等なサファイヤを思わせる、煌めきを帯びた瞳。ボブにカットされた収穫直前の麦を思わせる黄金の髪。

目鼻立ちもどこか丸みを帯びていて、綺麗だが幼い印象だった。

 程よい大きさの胸を覆う真新しい胸当てに、華奢な肩からかかっている立派な仕立てのマント。ブーツとグローブに縫付けられている鈍色の金属は、恐らくミスリル製で魔力の増強を図っているらしい


 彼女の名前は【リンカ=ラビアン】


 世界で唯一のSSクラス魔法使いで、精霊召喚を二回も成しえた、ロイドの今の雇い主である。


「行くか」


 声を無くした彼女は”うんうん”と頷いた。

二人は並んで歩き出し、要塞のような佇まいの冒険者ギルドの集会場へ向かってゆく。


 ずっと忘れていた地形図の納品のためである。


「俺はステイ=メン! 勇者だ! よかったら君たち、俺とパーティー組まないかな?」


 集会場へ着くなり、苦い記憶を掘り起こす、軽薄な声が聞こえて来る。


 すっかり元気を取り戻した勇者のステイは、初々しさあふれる少女の冒険者一団を勧誘していた。

 甘いマスクに、響の良い声。それに加えて”勇者”という肩書は、田舎から都会へ出てきたばかりの少女たちにとって、魅力的にみえるのかもしれない。


「そいつさ、肩書は勇者だけど、やめといた方が良いよ。仲間を平気で足蹴にするし、いざって時ぜんぜん役立たないし。剣の扱いとかもう見てらんないくらい下手くそなんだから」


 と、冷たい声が聞こえて、ステイは背筋を伸ばす。


「まっ、装備と肩書だけは立派にゃ。それでも良ければ止めはしないにゃ」


 オーキスの言葉に、ゼフィが補足を加えた。


 ステイはほんの一瞬眉間に皺を寄せた。

しかしオーキスが睨み返すと、短い悲鳴を上げて、顔をひきつらせる。

その間に、勧誘されていた少女たちは、そそくさとステイの下から去っていた。


「て、てめぇ、覚えてろよ! 母さんと姉さん達に言いつけてやるからなっ!」」


 そんな小悪党じみたセリフを吐いて、足早にギルドを去ってゆく。

オーキスは盛大なため息を着くのだった。 



「あーもう最悪……あんな男に初恋と処女を捧げただなんて、一生の汚点だわ………」


「オーちゃん、シーにゃ。Sランク魔法使いが非処女だにゃんて、バレたら終わりにゃよ?」


「あ、ああ、そうだった。ごめん」


「そういえば父様ととさまの文で知ったんにゃけど、アイツ近いうちに”勇者”じゃなくなるらしいにゃよ。にゃんでも色んなところで女にゃの子に手を出してたみたいで、たくさん訴えられてるみたいにゃ。資格不相応の懲罰にゃね。父様もさっさと離にゃれろと言ってきたにゃ」


「そうなんだ。はぁ……まさかあんなのにあたし惚れてただなんて……」


「まぁ気を落とさないにゃ。これからは僕がオーちゃんのことを守ってあげるにゃ。秘密と一緒に、いつまでも!」


「ゼフィ……あんがと。アンタ、やっぱり良い奴ね」


「みゃーん! ありがとにゃ! まぁステイとのことは人生勉強だったと思うが良いにゃ! それにステイのアレだけはとっても立派なモノだったにゃ。アレはなかなか御目にかかれない逸材だったにゃね!」


「そ、そうなんだ……ふーん……。でもさぁ……妊娠、大丈夫かなぁって……。だってアイツさ、酷いんだよ? ここ最近……って別れる前だけどさ、嫌だって言ってるのに、平気平気、責任取るって、いっつも中でさぁ…………って!?」



 ようやくオーキスはロイドとリンカに気づいたらしい。


「あ、あ、ども~! リンカとおじさん元気ぃ? 今日は最高の冒険日和だね! あはは~!」


 オーキスは愚痴を聞かれて恥ずかしかったらしい。顔が真っ赤である。


「やほにゃん! おっちゃん、リンカちゃん!」


 相方のゼフィはそういう話題には慣れていらしく、平然と挨拶をしてくる。

さすがは性交をスポーツと割り切る、ビムガンの娘である。


「なんだ、その……二人とも元気そうだな」


 とりあえずロイドは無難な挨拶を返すのだった。


「ああ、うん、まぁ……てか、リンカとおじさんまだ一緒に居るんだ?」


 オーキスの言葉にリンカは微笑んで答えた。

ロイドは後ろ髪を掻きながら、


「どうやら雇い主様はまだ俺のことを雇ってくれるみたいでな」


 リンカは強く何回も頷いてみせる。


 ロイドはDランクで、リンカはSSランク。本来は巡り合うことも無い二人。

齢だって一回り以上の離れている。

そんなちぐはぐな二人が、何のめぐりあわせか、未だに一緒にいる。


 それなりの絶望と、無に近い希望――だけど、案外希望は突然現れるのかもしれない。これは長く冒険者を続けてきたロイドへの神様からのちょっとしたボーナスなのかもしれない。


「あのさおじさん、リンカが可愛いくて良い子だからってぜーったいに泣かせるようなことしないでよね? したらどこにいても駆けつけて、おじさんのことぶん殴るからね?」

「あ、ああ……約束する」


 態度は柔和になっても、やはりオーキスの言動はきつい。

もしもリンカを泣かせたら、迷宮の奥深くにいても駆けつけて、自慢のメイスで殴ってくるだろう本気で思う。


「勇者」志望だったDランク冒険者のロイドと「声を無くした」SSランク魔法使いのリンカとの不思議な関係は未だ続きそうであった。




*これにて2章終了になります。ありがとうございました。続く3章は6月5日お昼頃からです。

また3章は【ストレス展開を含む】ため、【近況ノート】にて注意喚起がございます。

ご面倒をおかけいたしますが、そちらをご覧の上、お読みいただければ幸いです。

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