【閑章1】閉架書庫の幽霊
第37話:閉架書庫の幽霊
*全4編。明日の朝には終了です。
これはまだロイドがリンカと出会う数か月前のこと。
勇者ステイ=メンのパーティーに居た頃の話である。
●●●
仕立ての良い服を来たステイの背中を、ロイドは追い、アルビオンの街を歩いてゆく。
目的地は聖王国でも随一の蔵書量を誇る”大図書館”
そこでの
「どうして”蔵書整理”などを請け負ったんだ、勇者殿?」
「うっせーな。こりゃ勇者様にしかわかんねぇことなんだよ。黙って歩いてろ」
「……」
ステイのぞんざいな物言いには正直辟易している。
しかしロイドはDランクで、ステイはSランクの、しかも国家の承認を受けた、絶大な権力を有する”勇者”である。
彼の言動に、例え歳が一回り以上上回っているロイドであろうとも、逆らうことは許されない。
それが格付けの意味する掟であった。
やがて城のように大きく、立派な佇まいの”アルビオン大図書館”へたどり着いた。
「やっ! 元気にしてたかい!」
ステイは蔵書などに目もくれず、受付カウンターへ掛けて行き、司書の中でも一際目立つ女性へ声を掛ける。先ほどロイドへ罵声を吐いた時とは全く逆の、爽やかな声である。
「勇者様! 今日は会いに――えっと、仕事を受けてくださってありがとうございます!」
女司書も瞳をきらめかせ、満面の笑みでステイに応えた。
(ああ、そういうことか)
ロイドはなんとなく何故ステイが”蔵書整理”というつまらない仕事を受けたのか察するのだった。
女司書はニコニコ笑顔で歩き出し、ステイとロイドも続いてゆく。
階段を下りて、地下にあるという”閉架書庫”へと向かってゆく。
「ここ湿っぽくて嫌なんですよねぇ。噂だと幽霊が出るとか」
「ははっ! 大丈夫! 俺は勇者だ! 何があろうと守ってやるさ!」
「さすが勇者様です! その時はお願い……やん。も、もうぅ、勇者様ったらぁ~!」
そんな会話を交わしつつ、ステイは女司書に密着したまま、階段を下りている。
(全く、この勇者は……オーキスが見たら、喧嘩どころでは済まなさそうだな)
そうは思えど、行動を起こしたところで、自分がロクな目に遭わないのは分かり切っている。それにDランクが勇者に逆らうなど、問題外で、その場で切り殺されても文句の一つも言えやしない。
やがて階段が終わり、巨大な木の扉が現れた。
女司書が扉を押し、”ギィ”と不気味な音を響かせながら開いてゆく。
「――ひっ!?」
そうして真っ先に悲鳴を上げたのは、ステイだった。
ロイドもロイドとて扉の向こうにいた不気味な”影”に息を飲む。
「ちょっと【モーラ】! 勇者様のおでましよ! ちゃんと挨拶なさいよ!」
しかし女司書は臆することなく、目の前の幽霊へ鋭く言い放つ。
すると目の前にいた幽霊が一歩前に出て、像を結ぶ。どうやら本当の幽霊ではないらしい。
「驚かせてしまい申し訳ございません。私、この閉架書庫の管理を担当しております【モーラ】と申します。ご無礼をお許しください、勇者様」
モーラの声を聞いた途端、ロイドは既視感を覚えた。
闇の中でもはっきりと分かる、セミロングに切りそろえられた艶やかな黒髪。
明らかに成人だが、どこか少し幼い印象が感じられた。
眼鏡を掛け、身体のシルエットが分からない白いローブを羽織っている。
しかしそれでも、
(この人、【ニーナ】によく似ているな……)
ロイドは目の前の幽霊のような彼女へ、度々高級娼館で世話になっている【ニーナ】という娼婦にそっくりだという印象を抱いた。
「あの、どうかされましたか?」
「あ、いや……」
モーラは緩慢な動作で首を傾げ、ロイドは彼女から視線を外す。
他人のそら似で、しかも娼婦と重ねてみてしまっているなど、口が裂けてもいえやしない。
「じゃあ、おっさん! ここはよろしく! 俺はあっちで仕事してくるぜ。んじゃ、行こうか!」
「そうですね! こんな埃臭くて、不気味なところなんて、モーラ以外似合わないですもんね! モーラ、ちゃんと仕事なさいよ! じゃないと私が怒られるんだから。良い!?」
「はい。承知しております。あちらの作業、宜しくお願い致します」
女司書のきつい言葉を受けても、モーラは幽霊のように淡々と言葉を返すだけ。
ステイと女司書はそそくさとロイドとモーラを残して、閉架書庫を出て行くのだった。
「良いのですか、あれで?」
「はい。マルレーンさんは大図書館の正規司書で、私は臨時の職員ですから……」
ロイドの問に、モーラは淡々と答えるだけだった。
モーラと同じような立場のロイドも気持がわかり、これ以上余計なことは云うまいと心に決める。
「ロイドと言います。よろしくお願いします」
「……ロイドさん。モーラです。本日は宜しくお願いたします」
モーラは静かな声で、丁寧に腰を折って頭を下げる。
さらりと揺れる黒髪に、ロイドはまるで【ニーナ】との逢瀬を思い出すのだった。
そうしてモーラに導かれ、閉架書庫の奥へと進んでゆく。
この閉架書庫には貴重な資料や、力の強い魔導書の類が数多く保管されていると言う。そのためか、空気は常に張りつめていて、居心地の悪さを覚えざるを得ない。
「いつもここでお仕事を?」
「はい」
「気分は悪くならないのですか?」
「特には。明るいところが苦手なんです」
それっきり会話という会話もなく進み、やがてロイドの前へ乱雑に積み上げられた本の山が現れた。確かに女性の細腕で、これを一人で片付けろと言われれば難儀な量である。
「本日はこちらの整理をします。このリストに分類が書いてあります。この分類通りに本を分けて、指定された書架への収納をお願いします」
モーラはそう告げてロイドへびっしりと本のタイトルと分類が書かれた羊皮紙の束を渡してくる。
二人は分かれ、作業を開始するのだった。
交わす言葉もなく、ロイドは黙々と作業に打ちこむ。
しかし時々香ってくる、穏やかな花のような香りに、心臓が脈を打つ。
こっそり振り返ると、そこではモーラが淡々と本を仕分けていた。大量の本に難儀しながらも、細腕で持ち上げ、書架へと運んでゆく。
見れば見るほどモーラが、ニーナに見えて仕方がなかった。
あまり見ていると、刹那の情事が思い出され、堪らなくなってしまう。
(仕事に集中だ。集中……)
自身へそう言い聞かせ、仕事へ戻る。
「ッ!?」
その時、薄暗い闇の中へ、声が響き渡った。
「どうした!?」
ロイドは急いでモーラへ駆け寄る。彼女の細指から真っ赤な血が流れ出ていた。
「ええ、まぁ……きっとどなたかが栞の代わりにしていたのでしょうね……」
モーラの視線の先には、一冊の開かれた本があった。
その上には薄い刺突剣の先端が置かれている。
折れた刺突剣の先端を栞代わりに――そんな話は噂でも聞いたことが無い。
どこか悪意のようなもの感じ、自然とモーラへ辛く当たっていた女司書の顔が脳裏を過る。
しかし今はそんなことよりも、モーラの手当てが先だった。
「手当します」
「いえ、これぐらい大したことは……」
「ダメです。ここは埃が多いですし化膿してします」
ロイドは腰の雑嚢からアルコール度数の高い蒸留酒”アクアビッテ”の小瓶を取り出した。
モーラの指先を赤くする血をアクアビッテで洗い流し消毒した。
そして包帯を取り出し、丁寧に巻いてゆく。
痛みを伴う筈なのだが、モーラは顔色一つ変えず手当を受けている。
男性よりも女性のほうが痛みに強いというのは本当のことらしい。
「ありがとうございます。お上手ですね」
「いえ、これぐらいできないと冒険者などできませんので。それよりもその指では本を持てそうもないですね?」
出血は止まったものの、モーラの指を巻く包帯は赤く染まっている。
閉架書架の本は全て希少なものと聞く。汚してしまうなど言語道断である。
「俺が本を運びましょう。モーラさんは指示をお願いできますか?」
「よろしいのですか?」
「貴重な本を汚すリスクは避けるべきかと」
「……わかりました。ご迷惑をおかけします」
二人は暗い閉架書庫で作業を再開する。
モーラが分類の指示と、怪我をしていない片手で本を積み上げ、ロイドは指示通り運んで、書架へと収めて行く。
「ロイドさんはいつから冒険者をなさっているのですか?」
「15の時からですね」
「長いですね。しかもずっとご活躍なさっているだなんて素晴らしいです」
少し打ち解けたのか、モーラは作業の合間に話しかけてくるようになっていた。
「凄くなんかないですよ。未だにDランクですし」
「いえ、そんな。冒険者は危険なお仕事ですもの。尊敬します」
「ありがとうございます」
その時、書架の外から僅かに鐘の音が聞こえる。
どうやら昼食時らしい。腹も丁度いい具合に空いている。
「少しここを出ませんか? たまには陽の光を浴びませんと」
ロイドは気兼ねなしに誘う。モーラは一瞬、幽霊のように憂鬱な表情をうかべたものの、
「わかりました。食堂へ参りましょう。そういえばここのカンパーニュ美味しいんですよ」
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