第34話:再訪


「サリス!? 無事だったのか!?」


 感極まったロイドは、思わず彼女の名を叫ぶ。


「えへへ~! やっぱ心配してくれた! さっすが先生!」


 全く変わらない様子でサリスは微笑んで見せた。

 やや露出の多い服も一切の汚れが無く、白磁の肌には傷一つ浮かんでいない。

長い耳も元気そうにピクピクと動いている。


「サリスッ!!」


 ロイドの背後から飛び出してきたのは、オーキス。

彼女は戸口で佇むサリスを強く抱きしめる。


「バカ! 心配したんだから! 全然ギルドには現れないし、誰もあんたの行方知らないし!」

「あはは、そうなんだ。ちょーっと深追いし過ぎて遠くの街まで行っちゃっててねぇ」


 サリスは穏やかにオーキスの抱擁を解き、玄関口に佇むリンカの前へ立つ。


「!!」

「リンカ、元気―?」


 突然、サリスはリンカを抱きしめた。リンカは狼狽えつつも、サリスの腕の中で”うんうん”と首を振る。


「そっかぁ。良かった! ねぇ、私も上がっていい?」


 囁くようなサリスの声に、リンカはおずおずと頷いて見せる。


「えへ! じゃあ、先生いこー!」

「お、おい!?」


 サリスはリンカを離すと、今度はロイドと腕を組んで、まるで自分の家かのように上がり込んだ。

そうしてサリスを加えて、ロイドの快気祝いが再開されたのだった。



「もう、リンカの精霊召喚凄かったんだから! あの魔神が一撃だったんだよ!?」


 オーキスは卓を囲みつつ、身振り手振りで、話しをし、


「でもリンカ声でないじゃん? もしかしてオーキスが詠唱代行したの?」

「ううん。おじさ……ロイドさんがね、代わり」


 それまでニコニコとしていたサリスが一瞬、顔をしかめたように見えた。

しかしすぐさま、


「あは! そうなんだ! だから先生の快気祝いなんだね! 大変だったねぇ。よしよし」


 ロイドの隣を陣取っているサリスは少し体を伸ばして、彼の頭を子供のように撫でる。

からかいなのか、本気なのかはいつも通りよく分からない。

しかしいつも通りということは、それだけサリスが無事だったということ。

姿を消していたのは、ロイドのように病床に伏していたとは考えにくい。

それはそれで良いことであるとは思った。


「だけどリンカさー、もうちょっと考えて行動しようね? 詠唱代行だったらさ、オーキス誘えばよかったじゃん? なんでよりにもよって先生だったわけ?」


 サリスの言葉を受けて、スープを口に運んでいたリンカの手が止まる。


「……」

「あー、そっか、喋れないんだっけ? 失敬失敬」

「俺が詠唱代行を提案したんだ。リンカは悪くない」


 さすがに聞き流せないと、ロイドは声を上げた。

途端、空気が冷たくなったように感じた。

まるで乾留液タールのようにねばついた静寂がまとわりついてくる。


「あは! まぁ、良いや! 終わったことだし! 先生も無事だったし、リンカのおかげでこうしてみんなでご飯食べられるし!」

「そ、そだね! そうだよね! そういえばこの間とっても美味しいお菓子貰ったんだ! ゼフィ持ってきてくれる!?」

「は、はいにゃ!」


 オーキスの声を受けて、ゼフィは荷物袋へ飛びつく。

 サリスの明るい言葉で、重苦しい空気が一蹴されていた。魔法のようであった。


「ねぇねぇせんせー! そろそろパーティー組もうよぉ~」


 先ほどの雰囲気とは打って変わり、サリスはいつもの調子で、ロイドの腕にべったりとくっついてくる。

何度も何度も冗談とも本気とも取れる言葉を言い続ける。

そしてそんなサリスをリンカは大人しく眺め続けていた。


 ロイドとしては一刻も早く、サリスに聞きたいことがあった。

しかしこの場で聞くのは無粋だとは思う。


 とりあえず今は、みんなで楽しく。


 ロイドは本音を隠し、この時間を楽しむと決める


 彼の快気祝いは、夜半を過ぎても尚続くのであった。



●●●



衣擦れの音で、ロイドは意識を覚醒させた。暫くすると板張りの床を、コツコツと歩く音が聞こえてくる。

ロイドはベッドとして使わせて貰っているソファーの上でゆっくりと瞼を開いた。


 ゆらりと見えたのは華奢な背中が二つ。

未だ視界はぼんやりとしているが、リンカとサリスのものだとは分かった。


 二人の背中が消え、扉が閉まる音が小屋へ響き渡る。


 ソファーの脇にある窓からは薄灯りが、ぼんやりと降り注いでいる。明け方の時刻らしい。

こんな朝早くにリンカとサリスは出かけたようだった。

 水場は外なので顔でも洗いに行ったのかもしれない。


(まずいな。頭がガンガンする……)


 昨晩は快気祝いを良いことに、アクアビッテを飲み過ぎた。

明らかに二日酔いだった。


 皆の前であまり情けない姿を見せたくはない。

ロイドは改めて、瞼を閉じて眠りに就こうとする。


 静かな朝。ようやく目覚めた鳥のさえずりだけが聞こえる。

 他には何も聞こえない。聞こえては来ない。

しんとした空気が、辺りを支配している。


 不安が沸き起こり、ロイドはシーツを払いのける。

そして一目散に小屋を飛び出し、周囲を伺った。


 白い朝もやが立ち込める、緑豊かな森の中。

 そこには一切の人の気配が感じられなかった。


ロイドは小屋の裏手にある水場へ駆けて行く。


 ぽつんと、井戸が見えただけだった。

水を汲み上げるための桶も、乾燥したまま綺麗に淵へ立てかけられている。


 更にロイドは小屋の周囲を見て回った。


 そんなに敷地面積は広くは無い。しかしどこにも人の気配が感じられない。


ただただ不気味な静寂が流れているだけ。


 彼は再び小屋へ飛び込んだ。

一瞬迷ったが、意を決してオーキスとゼフィが眠っている部屋の扉を開ける。


「力を貸してくれ! リンカとサリスがどこにもいないんだ!!」



●●●



「懐かしいよね、ここ! 学院に居た時さ、よくここで私と、オーキスと、リンカで喋ったよねぇ」


「……」


「あは! まっ、今はそんなこともできないか」


「……」


「あのさ、こんな朝早くにここまで一緒に来たのはリンカにお願いがあってさ」


「?」


「えっとねぇー」


「!?」


「死んで。お願い!」

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