第33話:久方ぶりの帰宅



 すっかりと回復したロイドは久方ぶりにリンカの家へと戻る。

ここから出発して、早くも一か月が経過しようとしていた。


 山間にあるこの小屋は雇い主であるリンカの持ち物。それでもロイドは、無事帰還できたことの安堵感を強く感じていたのだった。


「ありがとう二人とも。助かった」


 道中、ずっと荷物を持ってくれたオーキスとゼフィへ礼を告げる。


「これぐらいお安い御用にゃ!」

「べ、別におじさんのためじゃないし! おじさんがまた倒れたらリンカが大変だから手伝っただけだし!」


 オーキスは照れ臭いのか、家主のリンカよりも先に、小屋へと入ってゆく。

 素直じゃないオーキスに微笑ましさを感じつつ、ロイドもまた久方ぶりに”我が家”へ足を踏み入れていったのだった。


「サリスのことは何かわかったか?」


 荷物を置き、ひと段落したタイミングでロイドは、リンカが用意してくれたお茶を飲みながら問う。

しかし彼の頼みを聞いて、今日までサリスの行方を追ってくれていたゼフィは首を横に振った。


「わかんないにゃ。一応、祠の跡地にもいってみたけど、影も形もなかったにゃ」

「そうか」

「ギルドにも全然姿を見せていないみたいにゃね」

「サリスが所属していたパーティーメンバーなんと?」

「全然わかんないみたいにゃし、在籍は抹消したっていってたにゃ」

「そうか……」

「心配にゃ?」

「ああ」


 何故そこまでサリスの影を追い求めるのか。単に元教え子のことが心配というのも勿論あった。しかしそれ以上に、サリスに会って、確かめたいことがあるのも確かであった。


「わわ!!」


 と、そんな中聞こえてきた素っ頓狂な悲鳴。

台所からはモクモクと煙があがっている。

 慌ててロイドが立つと、今度は”ばしゃん!”と水が、噴き出してきた。


 嫌な予感がして、台所へ向かってみると――


「あ、ありがとう、リンカ。助かったよ……」


 びしょびしょのオーキスはほっと胸をなで下ろす。

リンカは寒そうにくしゃみをする。

 火所には真っ黒に焦げた良くわからない塊。

 台所をびしょびしょに濡らしているのはリンカが”水属性”の文字魔法を放った影響だろう。


(ああ、そうだ、オーキスはこの手の事がダメだったな……)


 そういえばステイも、ゼフィも、あのガーベラでさえオーキスには火を扱わせていなかったと思いだす。恐らく属性として火が苦手……つまり火を扱う料理というものが下手。なのかもしれない。


「ゼフィ、すまないが片づけを一緒に頼めるか?」

「勿論にゃ!」

「!」


 びしょびしょのリンカも手伝ってくれるらしい。

しかし濡れた影響で薄手のブラウスがぴったりリンカの細い体にくっ付いていた。正直目のやりどころに困る。が、だからと言って片づけを手伝わなかったり、リンカにやらないよう言うのは至極不自然である。


「ご、ごめんね、みんな……」


 オーキスも濡れているのだが、正直リンカほど体つきの良しあしが分らなかった。

手足は長く、顔立ちもきりっとしているが、とにもかくにも女性特有の凹凸おうとつが非常に少ない。

しかしこんなことを口にした日には、オーキス自慢のメイスで殴り殺さるのは容易に想像ができた。


「おじさん どうかしたの?」

「ああ、いや……とりあえず二人とも着替えて来てくれ。片付けはその後で構わないから」


 リンカとは別の意味で気になる。ロイドはあえてリンカとオーキスを視界に入れないよう、水びだしになった台所の床を雑巾で拭き始めるのだった。


 台所の片付けも終え、作業は一旦仕切り直し。本来は主役であるロイドだったが、このままでは日が暮れてしまう。

そう判断した彼はまるで先日の魔神の祠の時のように、彼は的確な指示をし、三人の少女へ作業を割り振る。

リンカは料理、ゼフィは飲み物の準備、オーキスは――とりあえず料理以外の雑用。

そんなこんなで主役自らが指示を出して開催まで漕ぎつけたのは、ささやかなロイドの”快気祝い”であった。



「オーちゃん、それ僕の肉にゃ!」

「ふふ~ん。大皿に乗ってるんだから誰の所有物なんてないんだよ。あっ、リンカ食べてないじゃん! 取ってあげるね!」

「!」


 オーキスはゼフィから奪い取った肉をリンカの皿へ置いた。

リンカは嬉しそうな笑みを浮かべて、ぺこりと頭を下げる。

肉でも何でも はむはむとリンカの様子は相変わらず小動物のようだった。


 そんな数月前の自分には考えも付かなかった楽し気な光景。

それ肴に、ロイドはアルコールのきつい、アクアビッテをちびりと舐める。


 サリスがここの場に居れば、更に楽しいかったのだろうとロイドは思った。

もしこの場にさえいれば、余計なことは考えずに済んだ。

サリスをロイドの良く知っているサリスとみることができた。

しかし今は――


「なぁなぁ、おっちゃん。今日こそは良いにゃ?」


 気づくと隣にはゼフィが居て、三人の中で一番立派な胸を、肘に押し当てている。ゼフィから甘い匂いのようなものを感じるのは、フェロモンの類か。


「う、むぅ……」


 しかしここはリンカの家で、しかも傍には彼女がいる。

体調は確かに万全。体的に断る理由は見つからない。

 据え膳食わぬは男の恥。そうは分かっているものの、やはり踏ん切りが付かない。


「ゼフィ、なにやってるのかなぁ?」

「にゃにゃ!?」


 遠慮なく豊満な胸を押し当てていたゼフィの首根っこをオーキスが掴んで持ち上げた。

さすがはメイスを武器にする闘術士バトルキャスター。さすがの腕力である……とは口が裂けても言えっこない。


「痛いにゃオーちゃん! 乱暴は反対にゃ!」

「ゼフィはさぁ、おじさんになんのお誘いしているのかなぁ?」

「そりゃ勿論、スポーツの……にゃひ!」


 鋭く、冷たいオーキスの視線に、ゼフィはピンと背筋を伸ばす。


「あんたさ、そーやって、あのバカ勇者も誘ったんだ?」

「ち、違うにゃ! あの時はステイから……ぼ、僕にとって、あれはスポーツみたいにゃもので、ええっと!」

「ここはリンカの家なんだからそういうのダメ! おじさんもデレデレしない!」

「あ、うむ……」


 何故かロイドにも飛び火していた。


「ねぇ、リンカ、本当にこんなおじさんとパーティー組んでていいの? あたし今、フリーだしリンカだったらいつでもいいんだよ?」

「酷いにゃ! オーちゃんは僕のパートナーじゃ無かったにゃ!?」

「だって、ゼフィといるとまた妙な男に会いそうだもん。もう男なんてみたくないし。男なんてこりごりだし」

「でも今目の前にはおっちゃんがいるにゃ?」

「あー、おじさんは大丈夫でしょ。大人だから。ねっ?」


 笑顔のオーキスだったが、言葉はどこか鋭い。

釘を刺されているのか、信用されているのか、どちらかはよく分からない。

しかしステイのパーティーに居た頃よりは、遥かに評価が高まっているのだと思う。


 アクアビッテの入ったカップが空になる。すると脇からすぐさま注ぎ足された。

ボトルを傾け終えたリンカと視線が交わる。


「ありがとう」


 ロイドが礼を言うと、リンカはにっこり微笑む。


 この笑顔を守りたい。Dランクのロイドにできることが例えわずかであったとしても。


 その時、不意に玄関の扉を誰かが叩いていた。

いつも通り立ち上がり、ロイドは玄関口へ向かって行く。


「どちらさま?」

「あ、やっほー! せんせー!」


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