第30話:精霊召喚【前編】


 たった一撃で山が一つ、跡形もなく吹き飛んだ。

ロイドを始め、その場にいる誰もが、復活した魔神の脅威を前に言葉を失っていた。

 転移テレポート先に指定した断崖が、魔神の丁度背後だったのが幸いだった。もしも正面やその付近に転移していれば、今頃山と共に跡形もなく蒸発していただろう。


 ロイドを始め、メンバーは皆無事。しかし――


「あ、あんなの、どうすれば良いの……?」


 強気のオーキスもさすがに魔神の力をまざまざと見せつけられ、愕然としていた。

 ロイドも内心、同じ感想を抱く。Sランクのオーキスが怯えるほどの相手に、Dランクの彼がどうして挑めようか。


「オーちゃんなに弱気なこと言ってるにゃ! 今、ここにいるのは僕たちだけにゃ! このままだとアイツ、アルビオンへ向かうにゃ!」


 ゼフィは一人勇ましい声を上げる。そうは言いつつも、ゼフィ自身も苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「お、おじさん、どうしよう? あたし達どうしたら良いの!?」


 オーキスの救いを求めるような、切なげな視線がロイドへ突き刺さる。

 本当は何かを言ってやりたい。応えたい。もしも自分に力があるならば――しかしロイドは所詮Dランク冒険者。

オーキスよりも遥かに格下の、かつては勇者に見捨てられた、貧しい冒険者でしかない。



 茜色の夕日の中、魔神ザーン・メルは大地へ道のような爪跡を残しながら、進んでゆく。

このままただ手をこまねて居ていては、魔神はいずれアルビオンに達する。

甚大な被害が生じてしまうのは容易に想像できた。


(どうする? アイツを止めるにはどうしたら……)


 その時、ロイドの目の前を”金色”が過った。


「リンカ!? どこいくの!?」


 オーキスの声も聴かず、リンカは断崖から飛び降りた。

器用にブーツの踵を立てて、断崖を滑り降りて行く。


 ロイドの胸の内がざわつき、嫌な予感を抱いた。

魔神も放っておけない。しかしさっきのリンカの様子は尋常ではないと思った彼は、続いて断崖を下ってゆく。


「ちょ、ちょっとおじさんも!」

「僕たちも行くにゃ!」


 ゼフィも続けて駆け下りる。


「ああもう! なんなの!!」


 最後にオーキスは、未だにうずくまったまま動こうとしないステイへ背を向けて断崖を滑り降りて行く。


「……先生を守らないと。先生は絶対に……!」


 サリスは静かに呟き、風のように飛ぶ。


 ロイドを始め、少女たちは勇敢に断崖を駆け下り、魔神ザーン・メルへ向かう。

しかしロイドを覗いて唯一の男で、更に”勇者”であるステイは、蹲ったままだった。


「お、俺は悪くない……俺はぁ~……! 母さん、姉さん達たすけてぇ~……!!」


ステイが勇敢に断崖を駆け下りる気配は皆無であった。



 ロイドは異様に足が早いリンカを追う。

基礎魔法であり、Dランク昇段要件でもある”加速アクセル”の魔法。

その力を使っているのかもしれない。

 筋肉量も脚力も、ロイドの方が、小柄で華奢なリンカよりも優れているのは明白。

しかしそれはあくまで、男女の身体の作りの差でしかない。


 魔力では圧倒的に優れるリンカは筋力を魔法で補い、矢のように森の中を駆け抜けて行く。

 そうではあってもギリギリのところでロイドは、リンカの背中を捕捉し続けられていた。


 リンカは山のように大きく凶悪な魔神の付近に達する。

すると魔神が動きを止めた。


 巨大な肩に不気味な目玉が浮かび上がり、駆け抜けるロイドとリンカを睥睨する。

目玉がいくつもの妖艶な輝きを発する。

それはロイドの頭上から雨のように降り注いだ。


『GUYUOO!!』


 現れたのは祠で出会った奇怪な目玉の怪物。まつ毛のような触手を揺らし、行く手を塞いでいる。

先行していたリンカは目玉の怪物に阻まれず、どんどん先へと進んでゆく。完全に分断されてしまっていた。


(やるしかない……!)


 ロイドは迷わず腰の鞘から、無銘で数打ちだが、ずっと丁寧に愛用している剣を抜き放った。磨き上げられた剣が、鏡のように煌めき、目玉の怪物を映し出す。


 幸いこの敵は物理攻撃が有効。Dランクのロイドでも切り抜けられる。大群、という点を除けばだが――それでも前に進まねばならない。リンカを一人にするわけにはいかない。


 魔眼の怪物が押し寄せ、彼はつま先に力を込める。


狼牙拳ウルフマーシャル! 狼爪脚ウルフキックにゃ!」


 突然、後ろから躍り出たゼフィが足を降り出す。

大振りに振った足は、まるで鎌のような”空気の刃”を生み出す。

最前列の魔物は真っ二つに切り裂かれた。

 次いでロイドを過る若葉色の影。


魔法付与エンチャント! 破壊ブレイク! はぁっ!」


 目玉の大群へ突っ込んだオーキスが、魔法で攻撃力を増した重厚なメイスを軽々と振り落す。

仕立ての良い若葉色のローブが目玉の飛沫で汚される。

それでもオーキスは構わず、勇ましく、長いポニーテールを振り乱しながら、次々と目玉の怪物を駆逐していった。


「おじさん! リンカの傍に行ってあげて! あの子、ああ見えて意外と無茶する性格だから!」

「ここはオーちゃんと僕に任せて行くにゃ!」

「助かる! だが二人とも冒険者らしく、無茶や無理せず、命を最優先だ! 良いな!?」

「わかった!」

「はいにゃ!」


 ロイドはオーキスとゼフィが切り開いてくれた道を突き進む。


 自らが使用できる三つの魔法の内の一つ”加速アクセル

精霊の力によらない、彼自身の少ない魔力を燃やす技。

彼はその力を持って更に速度を速め、木々の間に僅かに見えるリンカの背中を追う。


 少し先には侵攻を続ける魔神と対峙できそうな高い断崖がある。

きっとそこがリンカの目的地だと思った。


 魔神ザーン・メルは頭部が弱点であると伝承されていた。

リンカは魔神の弱点を突くべく、高い場所から文字魔法で攻撃をしかけようとしているに違いない。


『GUYOOO!!』

「ッ!?」


 ロイドは靴底を地面へ押し当て急制動を掛けた。

剣を薙ぎ、向けられた触手を切り裂く。


 またしても目前を、魔神ザーン・メルが産みだした、目玉の眷属が塞いでいる。


「邪魔をするなぁぁぁー!」


 ロイドは遮二無二飛び出し、怪物へ切りかかる。

物理のみ有効な相手をロイドは鋭い一刀の下に切り捨てる。

だが倒した先から次々と木々の間から、怪物が押し寄せて来る。


 三歩進んでは、二歩戻されてしまう。

 その間にもリンカの背中が離れて行く。

もうわずかしかみえない。それでもロイドは諦めずに前へ剣を振り、前を目指して進み続ける。


「くっ!?」


 その時、剣を掴む腕が、振り上げたままピタリと止まった。

 目玉の怪物の触手がロイドの腕を縛り上げ、拘束する。

完全に油断をしていた。前ばかりみて、脇を甘くしたつけが回ってきた。

 触手を引きちぎろうと腕を引く。だが弾性が強く、引きちぎれることはない。

 ならば切り裂くまでと、左手を腰の短刀に伸ばす。


『GUYOOO!!』


 だが自由を奪われたロイドへ向けて、目玉の怪物が怒涛のように押し寄せる。

 触手を切り裂いたところで、前面の怪物に飲みこまれるのは必至。


刹那、目玉の大群は悲鳴を上げながら飛沫を上げ、肉塊へと変わり果てた。


「先生に、手を出すな……先生にだけはぁぁぁ!!」

「サリス!」


 突然空から降ってきたサリスは、ロイドの静止も聞かず大群へ突っ込み、自慢の錆爪ラスティネイルを振り、敵を殲滅する。


『GYUO!』


 その隙にロイドは触手を短刀で切り自由を取り戻した。

よろけた怪物へ駆け、血走った眼球へ剣を突き刺し絶命させる。


「先生はダメだ! 絶対にダメだぁ!! ダメだ、ダメだ、ダメだぁ! うわぁぁぁ!!」


 踵を返すとサリスは獣のように叫びながら、竜の爪のような武器を振り回して、目玉の怪物を倒し続けている。彼女は逃げ惑う目玉の怪物を追って、どんどん奥へと進んでゆく。しかしそのお蔭で断崖へ向かう道は開かれていた。


「サリス! 頭を冷やせ! 俺は無事だ!」


 ロイドの声が届いていないのか、サリスは化け物の群れの中で、戦い続けている。敵は圧倒的なサリスの力の前に、成す術も無く倒され続けている。

 救援に向かいたい気持ちはあった。しかしそうしている間にも、リンカを更に見失いかねない状況だった。


「ありがとうサリス! お前も頃合いを見計らって下がってくれ! ここは危険だ! 頼むぞ!」


 できるだけサリスへ聞こえるように叫び、ロイドは先を急ぐ。

そして目前の断崖を必死によじ登る、リンカの背中をみつけたのだった。




*長いので分割いたしました。【後編】は本日12:00頃、掲載いたします。

よろしくお願いいたします。

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