第26話:消えたリンカとガーベラ



「あ、あの……!」

「……」

「あの! おじさんっ!」


 岩壁に背を預けて、座って眠っていたロイドを揺さぶり起こしたのは――オーキス。


 彼女がこうして話しかけてくるなど珍しい。

しかも皆が寝静まった夜に、わざわざテントから出てきて。

加えて顔色も青ざめている。


「何があった?」


 ロイドはすぐさま剣を持ち、眠気を吹き飛ばす。


「その……思い過ごしだったらアレなんだけど……リンカとガーベラが戻らないの」

「戻らない?」

「うん。テントからガーベラが出て行って、そしたらリンカも続いてって。何かなって、最初は思ってたんだけど、全然帰って来なくて。それで外に出ても、おじさんしかいなくて。だから……」


 何が起こっているのかは分からない。何の確証もない。もしかすると以前森の中でリンカが姿を消したときと、同じような状況なのかもしれない。

しかし思い過ごしで、骨折り損なら、それでも構わない。


「オーキス、みんなをすぐに起こしてくれ! 探索に向かうぞ!」

「う、うん! 分かった!」


 オーキスは素早く立ち上がりテントへ戻ってゆく。

ロイドはその反対側にある、ステイ専用のテントへ向かい、入口の幕を開いた。


「ステイ、起きろ!」

「……んだよ、おっさんうるせぇなぁ……」

「リンカとガーベラが戻らないんだ! 力を貸してくれ!」

「なんだってぇーっ!? ガーベラがっ!!」


 起き上がったステイは転移魔法を使って、瞬時に装備に身を包む。

ロイドを構わず突き飛ばして、テントを出て行く。

 丁度、女性陣も表へ出て来たところだった。


「うう~眠いんですけどぉ~……どーせトイレかなんかじゃないのぉ?」


 サリスは眠気眼をごしごしと擦っている。


「まぁ、そう言いなさんなにゃ。みんなで行かないと危ないにゃ?」


 ゼフィは不満そうなサリスをフォローしていた。

歳は変わらないが、ゼフィの方が精神的に少し大人なのだろう。


「みんな! きっとこれはガーベラの危機だ! もしかすると仲間の命に危機が迫っているのかもしれない! 頼む! みんなの力を俺――」

「おじさん! どうしたら良いの? 指示頂戴!」

「ぐっ!?」


 ステイの演説を打ち消す様に、オーキスが声を張る。


「お、おいおい! なんでこんなおっさんなんかに……」

「へたれは黙ってて! アンタになんて聞いてない!」

「うっ……」


 もはやオーキスとステイの関係は完全に崩壊しているのだろう。


「大丈夫だ。安心しろ」


 ロイドは腰の雑嚢から、鈴の着いた赤い紐を取り出す。


「リンカの近くに行けば、この鈴が鳴る筈だ。二人がいなくなってからそんなに時間は経っていないよな?」

「うん! たぶん!」

「おいおい、おっさん! それじゃガーベラはどうなるんだよ!? 見捨てる気か!?」


 ステイからは不満と怒りが感じられた。

ガーベラの心配というよりは、主役を奪われて憤慨しているらしい。


「すまんが今はできることをやるだけだ。それに二人が続いて出て行ったのなら、一緒にいる可能性が高い。その可能性にかける」


 ステイは不満げだが押し黙った。もはやこれ以上彼に言えることは皆無。


「行くぞ!」


 ロイドを先頭に安全地帯から飛び出し、皆が続く。

まるでこのパーティーが、ロイドの一党のごとく。


 安全地帯を出て早速、左右に伸びる回廊へ向けて、鈴を晒した。

 リンカとの距離が近ければ近いほど、この鈴は大きく鳴り響く。

音が鳴っているのは確かだが、距離が離れているためか、音が微細で分かりずらい。


「こういうのは僕に任せるにゃ!」


 飛び出て来たのはネコのような耳をもつAランク格闘家のゼフィ。

彼女は目を閉じ、大きな耳で微細な鈴の音を聞く。


「こっちにゃ!」

「ありがとうゼフィ! ついでの俺と前衛を頼めるか?」

「勿論にゃ!」


 かくしてロイドとゼフィを前衛に、後衛にサリスとオーキスとし、左の回廊へ飛び込む。


「んだよ、おっさん。万年Dランクのくせに調子乗りやがって……」


 ステイはぶらぶらとやる気が無さそうに後を付いてくるのだった。


「うみゃー!」

『BOU!!』


 ゼフィの鋭い棘のついたメリケンサックが、激しくオークの顔面を殴打する。

だが、打撃に強いオークは一撃死せず。


「おおっ!」


 その隙に飛び込んだロイドは剣を凪いだ。丁寧に磨いて研ぎ直し、切れ味が元に戻った数打ち無銘の剣は、弱ったオークを葬り去った。


「おっちゃん、やるにゃ!」

「ゼフィの一撃があってこそだ!」


 前衛のゼフィとロイドは押し寄せる中層名物オークをちぎっては投げる。

相手に不利な打撃攻撃のゼフィが高い戦闘力で相手を弱らせ、属性優位だが戦闘力の低いロイドがとどめを刺す。

 戦闘力の高低と属性の有利不利。その差を埋める合理的な連携である。


 ロイド一人では難儀な相手と数。しかしAランクのゼフィの力を合わせれば、切り抜けることは可能だった。


 しかしここは魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする、闇の陣地テリトリー

すぐに第二派である、金属を腐食させるアシッドスライムと、大斧を持った髑髏戦士スカルウォーリヤーが押し寄せてくる。


「オーちゃん任せるにゃ!」

「オッケー! 任された!」


 連携を気取ったロイドは道を飛んで開けた。

前衛の二人が開いた道の先。メイスに金色の輝きを宿したオーキスが、人語とは思えない音を口から放っている。


 高位の魔法使いが習得する”詠唱短縮”のスキル。

短縮によって流れ出る長い祝詞は、速度の影響で理解不能な音へと変わる。

しかし精霊はそれでも術者の祝詞を理解し、力を授けてくれるらしい。


「パラライズストームッ!」


 オーキスは鍵となる”奇跡の名”を叫び、偉大な魔法は完成へと至った。

 放たれたのは黄金を放つつむじ風。それはアシッドスライムを飲みこんだ途端、その場へ釘付ける。麻痺を付与するこの魔法は、オーキスの得意な術の一つである。


「サリス! 今だよ!」

「はーい。アースブレイドっ!」


 サリスは魔法で形作った竜の爪を地面へ押し当てた。

瞬間、”ドンッ!と、アシッドスライムの地面から巨大な”岩の剣”現れた。

巨大な岩の剣は麻痺状態で動けずのアシッドスライムをまとめて駆逐する。


「おっちゃん、行くにゃ!」

「ああ!」

「あたしも!」


 ゼフィ、ロイド、そしてメイスを杖とする闘術士バトルキャスターのオーキスは、後続の髑髏戦士へ向けて突っ込んだ。


「ちょっと置いてかないでよぉー。こんなへぼ勇者と一緒なんてサリス様いやだよー」

「へぼ言うなっ!」


 サリスはステイへあっかんべー、をして、しぶしぶ前線へ向かって行く。

 相変わらずステイは、ふて腐れたまま、傍観しているだけだった。


「しかし、こんな中をリンカとガーベラは進んだのか!?」


 ロイドは敵の大斧を押し返す。


「ガーベラは”戦闘忌避アンチエンカウント”のスキルを持ってるよ! あのスキルだった暫く魔物に出会うこともない筈っ!」


 オーキスは魔法使いらしからぬ腕力で、敵の頭骨をメイスで粉々に砕く。


「じゃあ、リンカちゃんとガーベラは一緒にいる可能性が高いにゃね!」


 ゼフィの鋭い回し蹴りが、目前の髑髏戦士へ一撃必殺クリティカルヒット


(たしかにここまでリンカとガーベラの痕跡はない。なら二人はどこへ?)


「ねぇねぇ、やっぱさーお手洗いかなんかじゃないのー?」


 未だに眠いのかなんなのか、サリスは緩い動作で錆爪ラスティネイルを振り、髑髏戦士を切り裂いていた。


 しかし敵を駆逐し終えると、ロイドの握る鈴が音を増す。


(この先に確かにリンカはいる!)


 確信を持ってロイドは、先へと進む。


「ストップにゃ!」


 と、突然少し先行していたゼフィが静止を促す。

ロイド達は一斉に踵を立てて、走るのを止めた。


「ゼフィ、どうした?」

「なんか奥に変なのがいるにゃ……」

「変なの?」

「うみゃ」

「ゆっくり進もう」


 ロイドがなるべく足音を立てないように歩き出すと、続く皆も同じように続いた。


 やがて闇の向こうにぼんやりと不気味な影が浮かぶ。

ぶよぶよとした肉塊に血走った巨眼が埋まっている。

昨日散々苦戦させられたエレメンタルジンの頭部に雰囲気が似ている。


 全員が一斉に既視感を覚え、様々な苦々しい記憶を思い出す。

相手がもしエレメンタルジンの同族か、眷属ならばどうするべきか。


「はーっはっはっは! 何を怯えてるのかな諸君!」


 そんな中一人で、高笑いを上げたのは、ずっと後ろを付いてきているだけの勇者ステイ=メン。

既に彼の身体から、彼自身の魔力を現す”金色”の輝きが発せられている。

 詠唱は既に完了していて、手にする立派な宝剣も、虹色に輝いていた。


「こういう時こそ勇者の出番! 俺に任せろ!」

「ばか、よせ!」


 ロイドの静止を振り切って躍り出たステイは宝剣を高く掲げる。

剣が荘厳な輝きを放った。


「喰らえ! これぞ真なる勇者の一撃! 必殺ゴールデンボンバー!」

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