第27話:勇者、役立たず


【ゴールデンボンバー】


 勇者ステイが持つ莫大な魔力を黄金の弾に圧縮し放った後、相手を盛大に爆発させる、彼の得意とする魔法。

ロイドは彼のパーティーに居た時も、その驚異的な破壊力を何度も見せつけられていた。


 そんな強力な金色の弾は迷宮の闇を照らし、空気を引き裂きながら、まっすぐと不気味な巨眼へ突き進む。


『GYUOOO!!』


 目玉の怪物は気味の悪い断末魔を上げ、黄金の輝きに飲まれた。

肉が弾け、目玉からはゼリーのような硝子体しょうしたいが盛大に飛び散る。

辺りは奇怪な目玉の化け物の肉片や硝子体でドロドロに汚されたのだった。


「見たか! これぞ勇者の力! あーっはっはっは! 良いんだぞ諸君! 俺のことを褒めたたえ――」

「み、みるにゃ!」


 ステイの高笑いをかき消すように、ゼフィが悲鳴に近い声を上げる。


「な、なに、あれ……?」


 オーキスは目の前の光景に顔を真っ青に染め、


「あは! やっちゃったねぇー」


 サリスはバカにするように笑い声を漏らす。


 飛び散った硝子体が別の生き物のように蠢いた。そして辺りに飛び散った肉片を食べるように取り込んでゆく。

肉片を取り込んだ硝子体はすぐさま成長するように膨らみ、形を成す。

現われたのは、ステイのゴールデンボンバーにやられる前の、目玉の怪物そのもの。

飛び散った数だけ、目玉は個体数を増やしてしまっていた。


 あっという間に数を増し、通路を目いっぱい埋め尽くした目玉の怪物は、瞼の辺りからまつ毛のように触手を伸ばす。

そして風船のように浮遊しながら、迫り来る。


「あ、あれ? なにコイツ……?」

「下がれっ! 危ないぞ!」


 ぼうっと突っ立っているステイを払いのけ、ロイドは前に出た。


「ひとまず魔法は禁止だ! 物理のみで攻撃! 相手の出たかを見る!」

「はいにゃ!」

「分かった!」


 ロイドの指示にゼフィとオーキスは素直に従って続く。


「だからみんなまってよぉー! へっぽこ勇者と一緒なんて嫌だってぇー!」

「へっぽこ云うなっ!」


 サリスは相変わらずステイを無視しして、走り出す。


「まずは僕からいくにゃー!」


 ゼフィは真っ先に加速し、一気に目玉の集団へ向けて突き進む。

彼女は矢のように疾駆しつつ、拳には既に緑色の輝きで満たされている。


獅子拳レオマーシャル! 獅子爪レオネイルにゃ!」


 拳を数回振り抜くと、その軌跡に応じて空気が刃と化し発せられる。

その鋭い刃は目玉の怪物を真っ二つに両断した。二つの肉片に割れ硝子体が飛び散る。だが、硝子体が蠢くことも、肉片を取り込んで成長することもなかった。


「おっちゃん! 僕の武芸マーシャルアーツなら大丈夫にゃ! こいつらは魔力を餌に分裂――うにゃ!?」


 目玉の怪物が瞼の触手を伸ばし、ゼフィの手足を拘束する。

ゼフィは何度も触手を引き千切ろうと手足を動かす。

しかし弾性が強いのか、まるでゴムを引っ張るように伸びるだけ。


「うにゃ! しゃぁー! 触手プレイなんてごめんにゃ! お前なんて弱そうだから興味ないにゃ!」

「おおおっ!」


 気合の籠った声と共にロイドは鋭い斬撃を、触手へ目掛けて放つ。

触手はあっさりと切り裂かれ、ゼフィの拘束が解けた。

更に奇怪な目玉の化け物を蹴り飛ばし、そしてゼフィと背中合わせに立った。


「おっちゃんサンキューにゃ!」

「先行はありがたいが、突出はし過ぎるな。良いな?」


 ロイドがたしなめるようにそう云うと、


「ごめんにゃ。気を付けるにゃ」

「しかしおかげで突破口はみえたな」

「そうにゃね! オーちゃん、サリスちゃん! こいつらは物理ならよわよわにゃん!」


 ゼフィはそう叫んで飛び出し、ロイドも逆方向へ飛ぶ。


 どこの武器屋でも手に入りそうな、しかし長年ロイドに付き添っている数打ちの無銘の剣。

そんなありふれた装備だが、この奇怪な目玉の化け物には有効な武器らしい。


 ロイドは武技の型へ、これまでの冒険で培った経験則を絡め、鮮やかに剣を凪ぐ。

相手の動きに合わせて、臨機応変に過る太刀筋は、奇怪なモンスターを素早く殲滅してゆく。


「てい! やぁ! おおっとっと!」


 一方魔法剣士のステイもロイドに負けじと立派な宝剣を手に目玉の化け物へ向かっていた。


 ステイの太刀筋は悪くも無ければ、良くない無難なものだった。

切る、凪ぐ、突くといった動作は全て綺麗な”型通り”

これが演舞ならまだしも、実戦では決定打にかけていた。狙いは甘く、空振りも多い。


基本的に魔法での広域殲滅ばかりで切り抜けてきたステイは、高い攻撃力を誇るオリハルコン製の宝剣の”剣”としての性能を全く生かし切れていなかったのである。



「へたくそ! 邪魔!」

「うわっ!?」


 オーキスはふらふらと戦っていたステイを払いのけ、自慢のメイスで目玉を叩き潰す。


 ステイは立派な鎧を目玉の肉片で汚しつつ、再びフラフラと彷徨う。

すると今度は、脇で拳を締め、今まさに正拳突きを放とうとしていた、ゼフィの背中へ当たってしまった。

 僅かにゼフィに姿勢が揺らぐ。彼女にしては珍しく、眉間に皺を寄せた。


「邪魔するんじゃないにゃ!」

「がふっ!?」


 今度はゼフィの引き締まったお尻で、ステイは吹っ飛ばされる。

そうしてまた再びフラフラと。

 そんな彼はまた誰かにぶつかった。手には適度な大きさの柔らかい感触が。


「あっ……」


 視線を上げると、そこには鬼の形相。そして掌に収まっていたのは、サリスの程よい大きさの胸であった。


「あのさー……そういうのキモイんだけど?」

「い、いや、これは事故……」

「気安く触るな! 触っていいのは先生だけだっ!」

「あぎぃっ!」


 サリスの鋭い蹴りが、ステイの股の間へ一撃必殺クリティカルヒット

幾ら鎧を装備したステイも弱点を蹴り上げられ、へなへなとその場に崩れ去る。

幸いそこは戦闘の最後方さいこうほう。そこで蹲っても特に命の危険はない。


「まっ、良いや。少しは役に立ってくれたし。そこで大人しくしてるなら守ってあげる。せめてもの情けだよ。きひ!」


 サリスは口元だけに笑みを浮かべた。

 一瞬垣間見えた、サリスのまるで魔女のような表情にステイは震えあがる。

しかし次の瞬間にはもう、サリスは錆爪ラスティネイルを振り回し始めたのだった。



(対魔法に特化したモンスターか。これも魔神皇とやらの復活の予兆なのか……?)



 全ての目玉モンスターを殲滅したロイドはそう思った。今までとは違う何かが起こり始めているのかもしれない。

その時、取り出したリンカと繋がる鈴が、ひと際強く鳴り響く。

 この近くにリンカがいる。


 いても経っても居られなくなったロイドは鈴がわずかに強く反応する右の回廊へ飛び込んだ。


 闇の中へ僅かな揺らめきを確認し、左へ体を傾ける。


「!?」


 刹那、左の石室からリンカが飛び出してきた。

奥から鋭い気配を感じる。

 ロイドはリンカの背中を突いて、回廊へ押し出す。

そして代わりに自らが石室へと飛び込んだ。


「死ねぇぇぇ!」


 響き渡った邪悪な女の声と、明確な殺気。


「ぐっ!?」


 ロイドの腕に立派な装飾の短刀が突き立てられた。激しい痛みが腕を襲い、真っ赤な鮮血が指先から零れ落ちる。

視界はそれを持った白装束の女で塞がれる。

ロイドは迷わず目の前の相手を蹴り飛ばした。


「きゃっ!」


 白装束の女はよたよたを後ろへ下がり、うずくまって咽び始めた。

この分では第二激は考えずらい。


「お、おっちゃん、大丈夫かにゃ!?」


 真っ先に追ってきたゼフィはロイドの肩を抱く。


「あ、ああ、なんとかな」

「えっ? ガーベラ? えっ? なにこれ……? ねぇ、リンカ、これどういうこと!?」


 オーキスは回廊へ押し出したリンカを抱きつつ、石室で蹲るロイドとガーベラを交互に見渡す。


「なにやってんだ! 大丈夫か、ガーベラぁ~!」


 ステイはロイドを払いのけ、真っ先に石室のガーベラへ駆け寄ってゆく。


「ちっ……」


 舌打ちが迷宮に響き渡る。サリスは忌々しげに、ガーベラを見下ろしていたのだった。

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