第25話:崩壊した勇者パーティー


 迷宮の各所にはモンスターの侵入を防ぐことができる結界の張られたエリアがあった。

そこを安全地帯セーブポイントと呼ぶ。

 聖王国の先発隊が、冒険者の安全を守るために、可能な限り設置しているものである。


 エレメンタルジンは退けたもののロイド達もひどく消耗していた。

勇者ステイ一行はいわずもなが。

 幸い、近くに安全地帯があったため、彼等はそこへ身を寄せ、体勢の立て直しを図ることにしていたのであった。


「ねぇ、ちょっとアンタ! もっと力を注いでよ! 先生を死なせたらただじゃおかないからね!」

「そ、そう仰られましてもこれ以上は私の魔力が……」


 サリスは眉を吊り上げ叫び、女神官のガーベラは額に汗を浮かべつつ困った顔をする。

岩壁に背中を預けるロイドは折れた肋骨に強い熱を感じた。

どうやらガーベラは言われた通り、治癒魔法の勢いを上げたのだろう。

 呼吸が荒くなり、汗が頬を伝って落ちて行くのが見えた。


「ガーベラ、大丈夫だ、さっきまでの勢いで頼む」

「え、ええっと……ですが……」


 ガーベラはロイドよりも、何故か異様にサリスのことを気にしている様子だった。


「良いじゃん別に! だいたいこの人たちを助けるために先生が危ない目に会ったんだからぁ! こんなんじゃ足りないよ! そうだよね?」

「ええ、まぁ……」

「無茶を言うな。ガーベラたちも疲弊しているんだ。構わず勢いを弱めてくれ。良いよな、サリス?」


 少し語気を強めていってみる。するとサリスは不満タラタラな顔はしているものの、それ以上は何も言ってこない。

 ガーベラはホッと胸を撫でおろして、治癒魔法の勢いを弱める。やはり、辛かったのだろう。


 そんな中、ロイドの肩をトントンと誰かが叩く。


 リンカだった。


 彼女は膝が汚れるのも気にせずしゃがみ込んで、蒼い瞳で心配げな視線を送っていた。


「心配ありがとう。でももう大分大丈夫だから」


 穏やかに、しっかりと気持ちが伝わるように、言葉を出す。するとリンカは大事そうに持っていた小瓶を差し出してきた。

受け取り、蓋を開けると、すぐさま感じた清涼感と甘さが入り混じった独特の香り。


「ポーションか?」


 リンカは首元の鈴を鳴らしながら、首肯する。


 リンカもリンカなりにロイドのことを心配してくれていた。


「ありがとう。リンカは良いのか?」


 彼女はうんうんと頷いて、膝の埃を払って踵を返した。

奥の真っ赤に燃える火所へと、そそくさと駆けて行く。


 今日一番の活躍をしたリンカは率先して火所で皆に振舞うための食事の準備に勤しんでいた。

どんなに力があっても、どんなに大活躍をしても、驕らず、謙虚に、そしていつも通りに。


 そんなリンカの背中をみて胸がじんわりと温かみを得た。

それは薬効が強そうなポーションを飲んだためか、否か。


「やぁ! 君が噂のリンカ=ラビアンさんだったんだね! 俺はステイ=メン! 勇者だ! 宜しく!」


 と、今度はひょうげた声が聞こえた。

大人げも無くロイドの腹へ腹にどす黒い感覚が宿る。


 すっかり元気を取り戻した勇者ステイは、リンカの真横に屈みこんで、握手を求めていた。

しかも距離が異様に近い。


 リンカは少し体を引いておずおずと握手に応じる。

するとステイはリンカが敢えて開けた距離をズズッ、と詰めた。


「いやぁ、さすがは精霊召喚を成功させた稀代の魔法使いだね! こんな可愛らしい人が大魔法使いだったなんて、聖王国の誇りだよ!」

「……」

「あ、あはは! 髪は美しいし、目も綺麗だね! 写し描きよりも、本人の方がすっごく美人だよ!」

「…………」

「あー、えっと……!」

「邪魔」


 鋭い声が聞こえ、ステイの身体がビクンと跳ねあがった。

彼に上から棘のある一言を浴びせて睥睨する女は――ステイの恋人で闘術士バトルキャスターのオーキス。

彼女は威圧するように、肩にかかった長いポニーテールを払いのける。


「や、やぁ! オーキス! ようやく目覚めたんだね。良かった!」


 ステイはそそくさとリンカから手を離して立ち上がった。

 へらへらとした表情でオーキスの回復を喜ぶ。

しかし当のオーキスは腕を薄い胸の上でがっちりと組み、まるで戦闘時のような睨みを利かせていた。


「はぁ!? 目覚めない方が良かったんじゃないの? 何せあたし糞女だから」

「あーいや、それは……」

「あのさ、リンカは今みんなのために食事の準備してくれてるの。何にもしないなら退いて。マジで邪魔!」


 オーキスはステイを退けた。

代わりに若葉色のローブを折って、リンカの隣へ屈みこむ。


「あとさ、あえて言っておくけど、胸の大きさって、煩いとか、糞女とか関係ないから。そんなに大きな胸が良いなら、今度からはガーベラのでもしゃぶってれば?」

「ッ!」

「アンタがここまで根性無しのへたれだったなんてね。ホント、幻滅。今回の件はちゃんと調査報告書に載せてあげるからね。勇者ステイは平気で仲間を蹴ったぐるような、勇者の資質ゼロのヘタレってね!」


 オーキスの厳しい言葉を受けて、ステイは眉間に皺を寄せる。

リンカはそんなステイとオーキスの間で、オロオロとしていた。

 さすがのステイもちっぽけだろうが、一応は男のプライドというものがあるのだろう。

そのまま黙って、リンカとオーキスから離れて行く。


「あは。ざまぁ」


 サリスは小声で楽しそうに笑っている。

口には出さないが、ロイドも実は内心でそう思っていたのだった。


「久しぶりだね、リンカ。今日は本当にありがとうね」


 オーキスは先ほどとは打って変わり、穏やかな声音で礼を言う。

リンカは頬を緩めて頷く。


「あたしも手伝うよ。この野菜切れば良いんだよね?」


 リンカの頷きにオーキスは爽やかな笑顔で応えた。


「あのぉー! サリス様も居るんですけどぉー?」

「あ、ああ、ごめん! 忘れてたわけじゃないから!!」


 先ほどステイに厳しい言葉を吐いたのはどこの誰か。

オーキスは凄く申し訳なさそうに、近寄ったサリスへ謝罪する。

そして再度居住まいを正し、コホンと咳払いをした。


「今日は本当にありがとう! リンカとサリスが来てくれなかったら多分あたし達パーティーは全滅してた。この恩は絶対に忘れないし、いつか必ず返す。創世神様に誓って、必ず!」


 オーキスの真っ直ぐで、清々しい礼が安全地帯に響き渡る。

しかしそんなオーキスを見て、サリスはにやにや笑い、リンカは鈴を鳴らしながら視線を右往左往させていた。


「ねぇ、リンカ、これはちょっとねぇ?」

「!」

「えっ? な、なに……?」

「ここまで私たちをひっぱて来てくれたのロイド先生なんですけどぉ?」

「あっ!!」


 どうやらオーキスはすっかりロイドの存在を忘れていたらしい。

彼女は顔を真っ赤に染めた。


「あ、あ! その! ご、ごめんなさい! その!!」

「構わないさ。俺はそこの二人に付いて来ただけだ」

「ひゅー! 先生、かっくいいぃ! 大人ぁ~!」


 サリスは耳をぴくぴく動かしながら、まるで自分のことのように喜ぶ。


 リンカも優しい笑顔を浮かべて、青い瞳を向けている。

その顔をはまるでロイドのことを強く”賞賛”し、更に”信頼”しているように見えた。



「か、からかうな!」


 あまりこういう状況に慣れていないロイドは立ち上がり、背を向ける。

なんだか背中がこそばゆいのは視線のせいか。


「寛大な先生に感謝するんだよ、オーキスくん?」

「う、うん! そだね。でもまさか、サリスがずっと言ってた先生って、あの人の事だったんだ」

「そうそう! かっくいいでしょ?」

「え? ああ、まぁ……そういえばさ、なんでさっきからリンカは黙ってるの?」

「なんかね、リンカ、喋れなくなっちゃったんだってー」

「ええ!? な、なんで!? どうしたの!? 何があったの!?」


 リンリンと鈴が鳴る。背中越しでも、リンカが狼狽えている姿が目に浮かんだ。困ってはいるのだろうけど、たぶん嫌な顔をはしていないのではないかと思えた。


 きっとあの三人は学院時代、凄く仲が良かったんだろう。

それに意外だったのがオーキスだ。ただきつい女と思っていたが、実はまっすぐで良い奴なのではないか。

きついのは真っ直ぐな性格のため、言いたいことをはっきりというから、そう見えてしまうのではないか。

 人には様々な面がある。改めてそのことに気づかされる。 


(リンカは良い友達に恵まれてるんだな)


 明るいサリスに、真面目そうなオーキス。

そして穏やかで優しいリンカ。

学院時代はさぞ楽しかったことだろう。


 ロイドはまるで自分のことのように嬉しい。

燻らせる煙草も、いつもより旨く感じる。


「なぁなぁおっちゃん」


 と、脇から少し甘ったるい声が聞こえてきた。


「ゼフィか。もう体は大丈夫なのか?」

「もう大丈夫にゃ! ビムガンを舐めんじゃないにゃ!」


 ネコのような耳と尻尾を持つ半獣半人の格闘家のゼフィは、大きな胸を揺らしながら、元気そうに答える。

正直、目のやりどころに困るほどの軽装備で、しかもグラマラスな体つき。

しかしステイのパーティーに居た頃、彼女だけはなにかと気にかけてくれたことが多かったので無下にはできない。


「そうか。なら良かった」

「にしてもおっちゃん、一緒に居た頃と全然動きが違ったにゃね?」

「そうか?」

「そうにゃ! なんか凄くカッコ良かったにゃよ? 見直したにゃ!」

「ありがとう」


 今日は珍しく褒めちぎられて、なんだか恥ずかしい。

こんなに褒められたのはは未だロイドが少年だったころ、故郷の村で行われた小さな武芸大会で優勝した時以来であった。


「でさぁ、おっちゃん……」


 ゼフィは金色の瞳を弓なりに曲げ、妖艶な笑みを浮かべる。


「食事の前に一発僕とどうにゃ? お腹が空いてたほうが調子は良い筈にゃ。食後でも大丈夫なら僕は良いにゃよ?」


 囁くような甘美なお誘い。

そう云えば、ゼフィの種族は”より強い遺伝子”を残すため、容易に足を開くと聞く。

つまり、ゼフィの誘いは、そういうこと。


「……」


 いきなりのお誘いにロイドは戸惑う。

しかし今のロイドは肋骨が折れているけが人な訳で、


「いや、それは……」


 不思議と視線が、サリスやオーキスと楽しげに食事の準備を進めるリンカの背へ向かう。


「おっちゃん?」

「悪いが今日の所は遠慮させてくれ。なにぶん怪我の身でな」

「そこは安心するにゃ! おっちゃんはただ寝転んでるだけで良いにゃよ? 僕に全部任せるにゃ!」


 ゼフィはたわわな胸を盛大に揺らしながら、自信満々に答える。

本来なら男として、据え膳喰わねばなんとやら。

しかしどうにも、何故かリンカのことが気になって仕方がない。


「本当に悪いが今日は遠慮させてくれ。おそらく怪我が気になって、なんだ、その……今日の俺は男としてゼフィの期待に応えられる自信がない。俺の、名誉のためにも今回は見送りにしてくれないか?」

「分かったにゃ! じゃ、怪我が治った後なら良いにゃね?」

「う、むぅ……」


 情けない発言をすればゼフィは幻滅して引いてくれると思った。

だが目論見は外れたようだった。

 怪我はガーベラの治癒魔法のおかげですっかり治ってはいる。

その事実を伝えようものなら、ゼフィは遠慮なしに迫ってくるだろう

この迷宮から脱出するまで、怪我が長引いていることにしよう。

ロイドはそう算段する。


「なぁ、俺悪くないよな? 悪くないよなぁ、ガーベラ!」


 そんな情けない声が前から聞こえる。

 リンカには興味を持たれず、恋人のオーキスには手ひどくやられた勇者のステイ。

彼はまるで幼子のように唯一だろう味方の太ももへすがりついている。


「はい。ステイは最善を尽くしました。ステイは一生懸命頑張りました。この私の命を守ってくださいました。感謝しています」


 神官のガーベラは、笑みを浮かべつつステイの髪をそっと撫でる。


「やっぱお前はやさしいなぁ! ガーベラだけは俺の味方だぁ!」

 

 ガーベラの胸に顔を擦りつけるステイ。


 もうこの”勇者パーティー”は崩壊している。気持ちはバラバラで、早く脱出しなければ、またいつ命の危険に晒されるか分かったものではない。Dランクではあるが、ステイ以上に冒険者としてやってきたロイドはそう思う。


「……」


 そんな中ロイドは背筋に悪寒を得た。

 研ぎ澄まされたナイフのような、厳冬の風のような冷たい視線。

神官のガーベラは泣きじゃくるステイを豊満な胸に抱きつつ、久方ぶりの再会を喜ぶ三人の魔法使いに注がれている。


 ロイドは何故かその視線の先に、リンカがいたような気がしてならなかった。

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