第24話:エレメンタルジン


 真っ暗なスロープを滑り降りる中、ロイドは先に青白い輝きが見た。


「二人とも、ここを出たら左右に別れるんだ! 俺が牽制する!」


 リンカは首輪の鈴を鳴らし、サリスは「りょーかーい!」と元気よく答える。

 闇が終わり、光が広がる。

真っ先に見えたのは、巨人の裏首筋。


「どおぉりゃーっ!」


 ロイドは全力で剣を抜き放った。

 剣は狙い通り、巨人の首回りにあるつなぎ目を鋭く切り裂く。


「NUN!?」


 たった一撃の斬で、巨人は仰け反った。その隙にロイド達は、地面へ降り立つ。


 岩とも鉱物とも取れる体表に、軟質と思わせるつなぎ目部分。

溢れ出ている青白い輝き。間違いなく、こいつが噂に聞く新種のモンスター――【エレメンタルジン】


「あーっ! オーキスはっけーん!」


 サリスはエレメンタルジンに全く関心を寄せず、その先で倒れていた若葉色のローブとメイスを指した。


「生きているか?」

「んーと大丈夫! 心臓ちゃんと動いてるよ!」


 サリスは長耳をぴくぴく動かし答える。こういう時、大きな耳があるのは便利である。


「お、おっさん!? なんでここに!?」


 次いで聞こえたのは、ロイドにとって苦々しい思い出しかない声だった。


 Sランク冒険者の勇者。九大術士の親戚と、とても高貴な身分の勇者ステイ=メン。前のロイドの雇い主。

しかしいつも甘いマスクは涙と鼻水、その他もろもろでぐしゃぐしゃに汚れていた。装備も殆どが壊れていて、そこらの浮浪者と大差が無い。女を抱き起してはいるが、まるでその形(なり)はぬいぐるみが無ければ夜も一人で眠れない幼稚な子供のような――彼が抱いている女は神官のガーベラか?


「事情はあとで話す! お前は下がってろ!」


 ロイドの叫びに、勇者殿はガーベラを抱いたまま、そそくさと下がる。

仲間のゼフィは基より、恋人のオーキスさえも放って置いて。


「NUN!」


 エレメンタルジンはゆっくりと踵を返した。

 血走った邪悪な魔眼でロイド達を睥睨する。


 噂に聞いていた新種のモンスターは、話で聞くよりもずっと大きく、ずっと強大に感じられた。圧倒的に格上。


(これは想定以上だな)


 長年の冒険者として過ごし、様々な場面を潜り抜けてきたロイドは、出立前にリンカに用意させた文字魔法では足りないと直感した。

 詠唱さえできればトドメはサリスにお願いできただろう。しかし今使えるのは恐らく文字魔法と同威力の液体魔法のみ。


 この状況で、エレメンタルジンを倒す方法。

それは――


「リンカ、”ギガサンダー”の詠唱は暗記しているか?」


 鈴が鳴る。愚問であった。


「全部ひらがなで構わん。羊皮紙もたくさん使え。代わりに俺たちが時間を稼ぐ間に必ず完成させてくれ」

「えーまた私引き立てやくー? そういうの嫌なんですけどー?」


 サリスは不満で唇を尖らせる。そしてロイド達へ背を向けた。


「サリス!」

「”ギガサンダー”の液体魔法ぐらい用意してるもんねー。先生とリンカはそこでみててねー!」


 サリスは銀の髪を流しつつタタッと駆けた。液体魔法が封じられた小瓶をひょいと、エレメンタルジンの頭上へ放りなげる。小瓶へ目がけて、ナイフを投げる。鋭い刃が瓶を割り、エレメンタルジンの頭上が、光輝いた。


 それは竜の咆哮のように轟き、獅子を思わせる激しい電撃だった。

電光はエレメンタルジンを頭上から貫き、湧き出ている青い光さえも白く染め上げる。一瞬エレメンタルジンが、ピタリと動きを止めた。


「どうだ参ったか! サリス様の液体魔法版ギガサンダー!」

「NUN!」

「あ、あれ……?」


 エレメンタルジンは平然を拳を振り上げ、唖然とするサリスへ影を落とす。

ロイドは寸でのところで飛び、サリスを抱いて地面を転がる。

さっきまでサリスがいた所は、エレメンタルジンの拳で深く穿たれていた。


「バカ! だから一人で勝手に動くな!」


 さすがにマズイと、下のサリスへかなりきつめに怒鳴りつける。


「あう! だ、だから、そんな声で怒んないでよ……」

「頼むからあまり心配かけさせないでくれ! サリスのミンチなんて見たくないぞ?」

「あ、あは! 先生がまた心配してくれた!」

「当たり前だ!」


 サリスはロイドの怒声を一身に浴びる。しかし彼女は何故か笑っていた。


「お前の自慢の力が必要なんだ。協力してくれ」

「……うん! 分かった!」


 表情を気持ちと同時に引き締めたサリスを起こす。

改めてエレメンタルジンを見上げた。


錆爪ラスティネイルで良いよね?」

「ああ。加えて随時、液体魔法を」

「りょーかい! ねぇ、先生」

「ん?」

「先生も、無茶しないでね?」

「勿論そのつもりだ!」


 ロイドはサリスと拳を打ち合った。

彼彼女ふたりは左右に割れて、エレメンタルジンへ突き進む。


 先行するのはサリス。彼女は細腕に装備した竜の爪へ、液体を振りかける。


「サリス様のぐぅれいとぉ! な攻撃を喰らえ! それぇ!」

「NUN!?」


 鋭利な爪が紫電を纏いながら、エレメンタルジンを切り付ける。

大振りだったが、五本の爪の内、一本が足の関節に引っかかり、巨人を怯ませる。


 その隙にロイドは彼が行使できる三つの魔法の内、脚力向上を図る”加速(アクセル)”を発動させた。


 走ることに加え、跳躍力も向上させる精霊に寄らない自身の御業。

怯んだエレメンタルジンの拳に飛び乗り、そこを足場に肩へ、そして頭上へと飛ぶ。


「どらぁ!」


 腕力向上の”パワー”を纏わせつつ、再び首の付け根を激しく切りつける。サリスの液体魔法版ギガサンダーの時よりも、巨人は遥かに強く揺らめいた。


(効いてる! 行けるぞ!)


 着地したロイドは再びサリスを視線を交わし、地面を駆け抜ける。

 昔から何かと即興が得意だったサリスは、ロイドの動きに合わせて、錆爪を自在に操り、エレメンタルジンを翻弄する。


 見事で綺麗な連携であった。

 勢いだけでみれば、竜さえも撃退できそうである。

しかしロイドの武器は所詮、数打ち無名の代物。いかに技術が優れていようとも、名工が生み出す研ぎ澄まされた刃ほどの切断力は無い。なまくらへ変わってゆくのもあっという間。正確に切り付けても、次第にエレメンタルジンへ与えるダメージは低下を見せて行く。


 対するサリスの錆爪ラスティネイルは魔法由来の装備のため、切断力が低下することは無かった。

だが、魔法由来なためか、魔法耐性の強いエレメンタルジンは幾らサリスの斬を受けても、怯む程度であった。


 脅威の巨人に感情はないと聞く。

それでも巨人は激しく巨腕を振り回し、地団太を踏むように足でスタンプ攻撃を繰り出す。

まるで足元をちょこまかと走り回る、ロイドとサリスへ怒りを感じているかのように。


 すっかりとエレメンタルジンは、狙い通りロイドとサリスへ夢中になっていた。


 ロイドは巨人の足元を駆けながら、視線を横へ流す。


 もう既に三枚目。


 安全圏にいるリンカは地面に這いつくばり、必死な形相で羊皮紙へ木炭の筆を走らせていた。

神代文字における”漢字”さえ習得していれば、羊皮紙一枚で済む”ギガサンダー”の祝詞。

それを全て”ひらがな”で記載するには倍以上の羊皮紙と時間を要する。

しかしそれだけ時間をかける必要がある。

価値がある。

なぜならば、未だに”ひらがな”と”簡単な漢字”しか書けない彼女は、世界で唯一のSSランク認定魔法使い。

炎の精霊サラマンダーの召喚に成功した稀代の大魔法使い――【リンカ=ラビアン】なのだから。


「先生!」


 サリスの声が空気を引き裂く。


「ぐおっ!?」


 気づけばロイドは巨大な岩の腕に掴まれていた。足が地面から離れる。

 羊皮紙へ視線を落としていたリンカが、筆を止め視線を上げる。


「お、俺に構うな! 早く完成させろ!!」


 巨人の腕がぎりぎり締まる中、ロイドは声を絞り出す。

 リンカはすぐに羊皮紙へ戻り、筆記の速度を上げる。


「ぐああーっ!」


 使い込んだ皮の鎧が圧力で歪み、経年劣化の影響で皹が浮かんだ。

形がぐにゃりと歪み、腹ごと締め上げて来る。


「離せ! 離せ! 離せぇ! 先生を離せ、この糞巨人がぁーー!!」


 足元のサリスは必死な形相で、爪を振り回していた。

幾ら斬激を受けても、エレメンタルジンはロイドを離さない。


「かはっ!」

「嘘!? いや! 先生ぇーッ! いや、いや、いやあぁぁぁぁぁ!!」」


 ロイドはろっ骨を折られ血反吐を吐き、サリスの金切り声が響き渡る。

その時、リンカの筆記が止まった。

 リンカの青い瞳がロイドと視線を交わす。

 そして彼女は、ポシェットから巻物を取り出し、ロイドを締め上げる巨人の腕の下へ放り投げた。


「NUN!!」


 エレメンタルジンの声を共に、”ザンっ!”と足元から沸き起こった鋭い風で、巨腕が関節から切り裂かれる。


 ウィンドカッターの文字魔法で、この一撃。

巨人と腕と共に落下するロイドは勝利を確信した。


 リンカは三枚の羊皮紙を重ねて、高く掲げる。


 そして奇跡の力が輝きとなって胎動を始めた。

 輝く羊皮紙は一瞬で燃え尽き、鋭い稲妻の矢となって飛ぶ。

それはエレメンタルジンの頭上に達すると、静止し、膨張し、瞬時に激しい紫電を纏う。

 脅威の巨人が放つ青がかき消され、血走った魔眼が紫紺に染まる。


 巨人へ落ちたのは雷帝の一撃。


 竜の轟きを超え、獅子さえも怯ませる、偉大な御業――もっともこれは天空に住まう神の一撃ではなく、あくまで地上人が生み出し、発現させた上位の雷属性魔法”ギガサンダー”でしかない。


 激しい稲妻を脳天から浴びたエレメンタルジンは魔眼の瞳孔を収縮させた。

 魔法の威力を減退させる青いの輝きが失せる。

岩とも鉱物とも取れる体表に皹が行き渡り、乾燥した泥人形のように瓦解を始めた。


 確かにエレメンタルジンには”強い魔法耐性”があった。

しかし耐性はあくまで耐性。遮断ではない。許容量を超えてしまえば、無意味と化す。


 エレメンタルジンに対して魔法は有効ではない――それでも魔法で倒したければ、複数人で最大魔法を乱発すればなんとかいける。


 以前、そんな噂をギルドで耳にし、覚えていたロイド。

 転移魔法でサンドワームの下半身を吹き飛ばし、フラッシュライトは全体攻撃クラス。

ウィンドカッターでは中層の殆どのモンスターを駆逐してしまう。

そんなリンカの魔法の才能に全てを掛けた、決死の作戦だったが、結果は大成功であった。



(しかし、今回はさすがにヤバかったな……)


 解かれた巨人の手の中で無茶をした自分を嘲る。サリスに言えた立場じゃない。あとでサリスにこのことでからかわれるのは必至だろう。


 そんなロイドの頬へ、温かい水が一つ、二つと、落ちてくる。

 ぼやけた視界に見えるのは、美しい黄金の髪と、吸い寄せられるような青いサファイヤのような瞳。


「……! ……!」


 リンカは涙を流しながら、声にもならない声を絞り出して、必死にロイドの肩を揺さぶっている。

 伝えたくても伝えられないもどかしさ。叫ぶことも、呼ぶこともできない彼女はただひたすら涙を零して、ロイドの身体をゆすり続ける。


 声にもならない、まるで獣の鳴き声のような慟哭どうこく――だけど、きっと、リンカの失った声は小鳥のように愛らしく、どんな弦楽器にも負けない心地よい響きを持っているのだと、ロイドは確信した。


「心配、する、な。俺は、大丈夫だ……」

「!!」


 リンカは首の鈴を鳴らしながら、笑顔を浮かべる。

その表情を最後に、疲弊したロイドは深い眠りに就く。

 陽だまりのように温かい彼女の姿を瞼に焼き付けて。

 

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