第21話:液体魔法
「リンカ、これを」
翌朝、ロイドはリンカへ出立前に一つのアイテムを渡す。
リンカは嬉しそうに微笑んで、それを受け取る。
鈴の着いた真っ赤な首輪――主に愛玩動物が迷子になった時、遠隔で鈴を鳴らして所在を知らせるアイテムだった。
これさえあれば迷宮でリンカを見失っても、こちらから探すことができる。
「それを腕へ装備……あっ」
「?」
リンカが首を傾げ、合わせて鈴が鳴る。
彼女は迷いもせず、動物用の首輪を付けていた。
さすがに動物用なので腕に付けさせようと思っていたのだが。
しかもリンカの細い首にぴったりと合ってしまっている。
本人も首元の鈴を何回も弾いて満足そうだった。
(まぁ、良いか。本人がそれでいいなら……)
首輪を付けて満足そうなリンカを伴って、サリスとの集合場所である、街の城壁外へ向かってゆく。
「先生、こういう趣味あったんだ?」
合流して早々、予想通りサリスはけらけらとした様子で、リンカの首輪を指摘した。
「いや、これは……」
「私もつけてあげよっか?」
サリスは自分の首に指を当て、首輪をするような仕草を見せる。
そもそもロイドに年端も行かない少女へ首輪をつける趣味は無い。
「お前は嫌だろ?」
「あは! よくわかってらっしゃる! むしろ私は先生に着けてほしいなぁ。んで、私が鎖、握るの。良くない?」
「いや、よくないだろ」
「いーじゃん! 食べさせるの私なんだから!」
「むぅ……」
どう応えたら良いか分らなかったロイドは黙り込む。
そんなロイドの周りをくるくる回りながらサリスは「どうする? どうする? ねぇ、どうする?」と繰り返す。
こうして時々サリスは物怖じせず、冗談のようなことを本気で言ってからかって来るのだった。
リンカはロイドとサリスの会話に付いて行けず、苦笑いを浮かべていた。
そうして三人は一路、西の岩場に存在する”魔神ザーン・メル”の祠へ向かってゆく。
魔神ザーン・メル。
古代に邪悪な魔神皇が産みだした見上げるほど巨大な殺戮の権化、と伝承される存在。
ここ最近、聖王国の中心:聖王都で魔神皇の復活が予言されたらしい。そこで聖王キングジムは、各地の勇者へ呼びかけ、多額の報奨金の下、様々な調査をさせているのだそうだ。
ザーン・メルに関しても脅威を未然に防ぐため復活前の撃破や、情報の探索が推奨されている。
しかしこれはあくまで”勇者”や”Sランク冒険者”への通達であり、Dランク冒険者のロイドには無縁の話である。
蛇やサソリを主とする底辺モンスターを払いのけ、昼前にはザーン・メルの祠のある、岩場に達した。
もしここで丁度、祠からオーキス達が出てくれば良いとは思った。しかしそんな都合よくはいかなかった。やはり祠へ踏み込まねばならないらしい。
竜の口のように深い闇を湛えた祠の入り口。
溢れだす邪悪な気配にロイドは息を飲む。
「俺が先頭を行く。リンカは必ず俺の背中を追って来いよ?」
リンカは表情を強張らせているものの、しっかり頷きを返してくる。
「せんせー私の心配はー?」
対するサリスは少々不満な様子だった。
「ああ、すまん。サリスも俺の背中から離れるなよ?」
「はーい! いざとなったら後ろから魔法ぶっ放すから安心してねぇ。でも危なくなったらカッコよく助けてよね。ダサイのやだよ?」
そんな場面は来ないだろうとは思うが、サリスがへそを曲げそうだったので「分かった。任せてくれ」と返答したロイドなのだった。
かくしてロイドを先頭に、左右にリンカ・サリスといった陣形で、祠へ踏み入った。
如何に魔神の祠と言えど、浅層は浅層。出現するモンスターは祠の外と変わらず、蛇にサソリ、加えるとすれば大蝙蝠辺りか。
「おおっ!」
気合と共に良く手入れをされた数打ち剣を凪ぐ。蛇に、サソリ、そして蝙蝠の類はあっさりとロイドの剣に切り捨てられる。
「なんかさー、先生って物理だけはめっちゃ強いよねぇー」
「そうか?」
「だってほら、その剣って安物じゃん? それでほぼ一撃必殺だからさー。先生が業物を握ったら超強いかもねぇー?」
サリスの声はリンカへ向かい、答えられない彼女はあたふたとしている。
「あー声でないんだっけ? 失敬失敬」
「なら今度業物の武器でもを買ってみるか」
話題をすり替えるためにロイドは心にもないことを、本気を装って口にする。
するとサリスはにんまり笑顔を浮かべて、長耳をぴくぴく動かし、「じゃあ、買ってあげようか?」と言い出すのは、予想の通り。
買ってあげる。やっぱりいらない。買ってあげる! だからいらない。強情張らず! 買ったげる! そんなやりとりの繰り返し。
良くも悪くも、常に自信満々で、物怖じを感じさせないサリスの言動。
ロイドは意外と、そんなサリスが嫌いではなかった。
打てば鳴る鐘のような。ああだと言えば、こうだと返してくるとか。
自然と会話が弾んで、気づけば気持ちがいつの間にか明るむ。
さっきのようにぽろりと失言がでるのは玉に傷。
だけどあまりに酷い時は、ちゃんと言ってやればいいだけ。頭のいいサリスは必ず理解してくれる。
既に滅んだハイエルフの血を引き、最高峰のSランクでありながら、気取らず、飾らず。
天真爛漫なのがサリスの良いところ。
もっとも、毎日この調子では疲れてしまう。
たまに会うのが丁度いい。丁度いい距離感で、たまに会って、時間を過ごす。サリスとはそんな関係が適度で、心地良い。
まるで離れて暮らす妹や、たまに会えば楽しい親戚のような。
リンカはやっぱりロイドとサリスの関係性がよく理解できないのか苦笑いを浮かべていた。
しかしそんな軽やかな道中は浅層までのこと。
周囲の空気が急激に冷え、闇が暗さを増す。おそらく、中層に達したのだろう。いよいよここからが本番。ロイドは気持ちを引き締める。
「うう~……」
「どうかしたか?」
ロイドの後ろで、サリスがユラユラと肩を揺らしていた。リンカもわずかばかり顔が青ざめている。
「ちょっとこれ、ヤバい系かも……結界が張られてるっぽい」
「結界?」
「たぶんエレメンタルジンが魔力減退の結界を張ってるみたい……これじゃサリス様の大魔法ぶっぱなせないじゃん」
二人は具合が悪そうだが、ロイドはそこまででもなかった。少し体が重い程度か。だったら二日酔いよりも遥かにマシ。
ずっとコンプレックスであった”生まれつき魔力の総量が低い”ということに今日ほどありがたみを感じることは無かった。
しかし幾らロイドのみが動けても、流石に二人も守ることはできそうもない。
まさかサリスが口走った状況が現実になるとは。
その時、闇の奥から不気味な呻きが聞こえてきた。
「まずいな……」
思わず突き出た正直な感想。
迷宮の闇からゾロゾロと筋骨隆々な豚の頭をした化け物――中層名物オークの登場である。しかも体表はご丁寧にも紫色。そんな上位種が五匹も。
さすがにDランクのロイドでは手に余る。
(ここはやはり引くべきか?)
と、そんなことを考えている中、視界の隅を銀色が過っていった。
「サリス!?」
「詠唱魔法が使えなくたって、私にはこれがあるもんねー! それー!」
サリスは銀の長い髪を靡かせながら、手にした瓶を振った。
瓶から液が飛び、五匹の上位オークに降りかかる。
『BOOOOO!!』
突然、オークを真っ赤な炎が包み込んだ。炎に巻かれたオークは、身悶えながらばたばたと倒れて行く。オークが倒れても、未だにめらめらと燃え続ける炎。明らかに薬品による延焼の類では無い。
「えへへー! すっごいでしょー?」
「バカ! 一人で勝手に突っこむな! 危ないだろうが!!」
「あう! そ、そんな怒んないでよ……」
流石のサリスも、長耳を力なく下げる。離れたところにいるリンカも、ロイドの怒声にビクリと背筋を伸ばしていた。
「す、すまん……いくらサリスでも危ないと思って……」
「心配してくれたんだ! いや、ほら、魔法が使えなくてもこれがあるよーって見せたくて」
サリスは空になった瓶を掲げて見せた。ガラス瓶の表面に、光沢のある色彩がなされている。
「それは魔法薬の類か?」
「ううん、違うよ。これこそ、今もっともモダンで、最先端な”
「羊皮紙の代わりにアルコールへ魔法を転写するものだっけか?」
「そーそーそれ! さっすが先生! よく知ってるぅ~! 実はこれの開発ね、私が主導したんだぁ! 凄いでしょ? ねぇ、凄いでしょ?」
サリスはおもちゃを自慢する子供のように笑っていた。
長耳もぴくぴく動いている。どうやら褒めて欲しいらしい。学院の講師時代を思い出す。
(誉めて伸びるタイプだったからな。サリスは)
そんな中、リンカが突然、いつの間にか取り出したフライパンとスプーンを必死に打ち鳴らす。
サリスは会話を遮られたのが気に障ったのか、眉間に皺を寄せる。
しかしすぐさま状況を把握し、代わりに表情を引き締めた。
「んったく……さすが中層だねぇ。うざっ」
サリスの視線の先――体表が緑の普通種のオーク。それらがぞろぞろと前後左右の回廊から迫ってきている。
もはや引き返すことはできない。ならば、取るべき道は一つ。
「リンカ、サリス! 一気にここを突破するぞ!」
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