第22話:SSクラス魔法使いの実力


 四方八方の回廊から筋骨隆々な豚頭の化け物――オークが迫りくる。


 既に後方も封じられた。撤退は不可能。

ならば取るべき道は一つしかない。

 敵が”オーク”だったのは幸いだった。


 出立前にリンカと確認した作成済みの文字魔法は10。

その中で使えそうなものを頭の中に思い描く。


「サリス、相変わらず体術は得意か?」

「えー!? 私も突っ込ませるの!?」


 サリスは大げさに頬を膨らませて見せた。


「久々にサリス自慢のラスティネイルを披露して貰いたくてな。それにラスティネイルは液体魔法との親和性が良いような気がするんだ」

「親和性が……あー、そっかぁ! それ超面白そう! にひひ!」


 頭の良いサリスは意図を理解してくれたらしい。


(さて、後は順路だな。どの方向へ行くべきか……)


 正面はやや道が斜面になっている。やはり深層へ向かうべきか。

その時、袖が引かれる。リンカだった。


「どうした?」


 リンカはロイドの袖を引き、右手の通路を必死に指さしている。


「こっちへ?」


 力強い首肯。SSランクのリンカが迷わずその方向を指すなら、良い判断基準だと思う。


『BOOO!!』


 遂にロイドたちの下へ到達したオークの軍勢が、咆哮を上げた。


「リンカ! フラッシュライトだ!」


 ロイドの指示を受けて、リンカはポシェットから丸めた羊皮紙を取り出した。

まだまだ拙いが、少しは読めるようになった神代文字をさらけ出す。

文字が輝きを放った。


「サリス、伏せろ!」

「えっ? なにさフラッシュライトくらいでー」

「すまん!」

「え、あ、ちょ! ちょ、うえっ!?」


 遮二無二サリスへ飛びつき、視界を塞ぐよう胸へ顔を押し付けた。


「せ、先生!? ちょぉ……! これぇ……! あはー!」


ロイドに抱きしめられた格好のサリスは、彼の腕の中で興奮気味な奇声を発している。

それを聞き流しつつ、彼もまた視界を腕で覆い隠す。


 瞬間、目を塞いでいても、僅かな隙間から壮絶な輝きが差し込んでくる。

 腕を除け見渡してみれば、この間のキンバライト邸の時と同じ状況だった。

オークは目を激しく焼かれたオークはその殆どが身もだえている。

 相変わらずの高威力なリンカのフラッシュライトだった。


「行くぞ、サリスっ!」

「あは! 元気百倍! がんばっちゃうぞぉー!」


 よろけたオークを蹴倒し道を切り開く。

そして辛うじて斧を振り上げるオークを標的とすると、つま先に力を込めた。


「どぉりやぁー!」


 一気に踏み込み、腰の鞘から数打ち剣を抜き凪ぐ。

 長年の経験と勘は、剣を自然と骨と骨の間を過らせる。あっさりとオークの首が飛んだ。一撃必殺クリティカルヒット


 しかもオークは打撃に強く、斬撃に弱い。


 属性的な相性はばっちり。然る援護を受けさえすれば、Dランクのロイドでも十分に太刀打ちができる。

ロイドは正確な剣捌きで次々とオークを切り倒す。


「あは! たっのしいなぁ! うっれしいなぁ!」

 

 鼻歌交じりにサリスは、僅かに顔を赤く染めつつ、鋭く腕を凪ぐ。

彼女の腕に装着された茶褐色の竜の爪がオークを切り裂き、あっさりと葬り去った。


錆爪ラスティネイル】――サリスが学院時代に開発した、体術強化と物理攻撃用武器を同時発現させる、彼女オリジナルの魔法である。


 元々体術も得意で、しかも斬の属性がある錆爪(ラスティネイル)は対オーク戦では有利。更に、サリスは装備した爪へ小瓶に詰まった”液体魔法”を振りかける。


「それぇー!」

『BOOOO!!!』


 錆爪がオークを切り裂き、加えて飛び散った液体魔法が炎を発した。

 炎はオークを集団で飲みこみ、あっという間に燃やし尽くす。


「どーだ参ったか! 先生との初めての共同作業! 名付けてサリス様インフェルノぉ! ねぇ、凄いでしょ? ねぇ、ねぇ?」

「上出来だ! リンカ、こっちで良いんだな?」


 リンカは頷き、サリスは少し不満そうに頬を膨らませる。

しかし正面の道が開かれただけ。

ロイドはオークの死骸を蹴り飛ばし、右手の回廊へ飛び込んだ。


 暫く進むと、また行く手をオークの集団が塞ぐ。

しかも今回は道幅が狭く、全てのオークを倒さねば先へ進めそうもない。

難儀な状況だが、切り抜けるしかない。


「サリス、良いな?」

「もっちろん! 元気百倍なサリス様は無敵だよー?」

「良いぞ、その調子だ」

「えへへ! 先生のおかげかな?」


 そうして臨戦態勢を取るロイドとサリスの頭上を、ひょーいと、何かが飛んでゆく。綺麗な放物線を描いて飛んで行ったのは、一本の巻物。

 巻物が落ちるのと同時にはらりと開いて、拙い神代文字が晒される。 

 刹那、羊皮紙から刃のようなつむじ風が発せられた。


『BOOOO!!』


 風はオークを次々と切り裂き、道を開く。

おそらく風属性の”ウィンドカッター”の魔法だろう。数対の敵を切り裂く位の威力はある魔法。しかし、正面のオークを切り裂いても風の威力は一向に収まらない。


 鋭い風はどんどん先へ進んでゆき、暗い闇の向こうからも、オークの悲鳴が聞こえた。混じって聞こえてきたのは、ひょっとすると危険種のオーガのものか?


「す、凄い威力だな……」


 思わずそう呟いたロイドの後ろで、リンカは顔を真っ赤に染めながら、ちらちらと視線を上げ下げしている。


「よくできたな。ありがとう」

「!」

「だけどあまり乱発するなよ? リンカは切り札なんだから」


 リンカは素直に頷いた。残りの文字魔法は8。

しかしこの分なら、かなり長い時間迷宮に潜り、オーキス達の探索ができる。


「ちょっと、先生! ぼけーっとしてないで、先進もうよ!」


 サリスが声を張り上げ、リンカは首の鈴を鳴らしながら顔を上げる。

自ら先へ進んで、闇の奥を指す。

脇にいくつかの道が見えたが、このまままっすぐで良いらしい。


「リンカ、頼んだぞ!」


 彼女はコクンと頷き歩き出す。

ロイドはリンカの隣に立ち、いつ敵が現れても良いように身構える。


 しかし警戒はほどほどでも良い感じであった。


 回廊にはおそらくウィンドカッターで切り裂かれた多種多様なモンスターの死骸が横たわっていた。

 更に先の石室では絶命したオーガの姿も確認できた。


 どうやらリンカのウィンドカッターは中層の奥深くまで行き渡り、かなりの数のモンスターを駆逐していたらしい。


 さすがはSSランク魔法使いのリンカ=ラビアンの文字魔法だった。辛うじてひらがなと簡単な漢字だけで発現できる魔法でこの威力。リンカの声があったときは、どれほどの魔法が放てたのだろうかと、想像を巡らせる。


「あーあ、つまんなぁーい。せっかく、元気出て来たのに一掃されちゃうとなぁー」


 サリスは不満げに唇を尖らせた。

リンカは少し申し訳なさそうに俯く。


「まぁ、そういうな。リンカのおかげで落ち着いて探索ができるんだから」

「そりゃそうなんだけどさぁ……!」


 サリスの長耳がピクンと動き、いち早く正面へ躍り出る。

次いで聞こえた大きな足音。


『GOO!』


 ようやく無傷な鬼のような巨人――オーガが姿を現す。

サリスは舌をちろりと出して、艶やかな唇を舐める。


「先生とリンカは手、ださないで! こいつぶっぱすんの私だから!」


 どうやら不満たらたらだったようだ。

と、その時、リンカが再びロイドの袖を引く。


 必死に脇の小さな穴を指差している。

 次の行く先はあそこらしい。


「悪いが無視だ! 行くぞ!」

 

 ロイドはリンカの先導でオーガを横切って、走り出す。


「えーらせてくれないのぉ!?」

「早く、こっちへ!」

「も――!!」


 サリスは渋々と言った様子だが、素直に追ってくる。

 

 そうして飛び込んだ先は、滑り台のようなスロープだった。


 思い返してみればリンカのここまでの先導には全く迷いが感じられない。


 真の才能のある魔法使いは、他の魔法使いの気配を感じて、観ずともその存在を感知できると聞いたことがあった。

そういえば初めて出会った時も、あの広い森の中で、リンカはロイドを探し出していた。


(本当にリンカは凄い子なんだな)


 それは確かなことだったが、やはり今でも劣等感を抱くことは無かった。

ひとえにそれは、リンカの穏やかな性格がそうさせているのか。


「うわっ……たぶん、この先にいるよ……」


 背中越しでもサリスが震えているのが分かった。

ロイドの僅かな魔力でも、少なからず影響を受け、ほのかな片頭痛を感じる。


(いるな、この先に。エレメンタルジンが!)

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