第13話:Dランク冒険者 走る


 キンバライト家といえばこの辺りでも力を持った貴族の家系だった。更に質のいいポーション販売で、有名でもある。

慈善事業にも熱心で、孤児院や教会へ多額の寄付をしていると聞く。

 しかしやはり、そんな名門貴族でも、金にモノを言わせて鬼畜の所業を働いている。


 許せないとは思うも、相手は名門貴族。

ロイドにできることといえば、馴染みのニーナへ次会う時まで無事にいて欲しい、と告げることだけだった。


 

 娼館を出ると、アルビオンの街の中ほどにある、色町には夜の帳が降りていた。

妖艶な女が、男を誘い、館へ吸い込まれてゆく。

今日は全く役立たずだったロイドは、少し冷めた気持ちで周囲を眺めながら、足早に色町の中通りを歩んでゆく。


 この辺りは高級娼館の区画だから、男を誘う女は誰もが粒ぞろいだった。しかし今日はどの女を見ても、心が動かない。


(リンカはどうしてるんだろうな)


 不意に頭をかすめた、まるで小動物のように木の実をかじるリンカの姿。

そんな彼女の姿が頭に焼き付いて離れない。


「よぉ、不良冒険者。スッキリしに来たのか?」


 馴染みのある男の声が聞こえて、ロイドは踵を返す。

 軽装鎧を身に着け、胸には憲兵を現す星型のバッチを付けた友人の【ジール】がいつもと変わらぬ快活な笑顔を浮かべていた。


「今、終わったところだ。お前もか?」

「バカいえ! こんなカッコで店入れっかよ! 仕事だよ、仕事! 最近、やべぇ薬が出回ってるって話でよ」

「薬?」

「おう。良くないものを材料にしてて、中毒性が強ぇみてぇなんだ。だから上の方もこれ以上蔓延しないようにって躍起になっててよ。んったく……こっちゃ、奴隷の不正売買の捜査もあるってのによ。悪い連中はホント働き者だぜ」

「そうか。大変そうだな」

「おかげで娘にもろくに会えやしねぇって。嫁もこんなんだから冷たくてよ。参っちまうぜ」


 妻子持ちのジールは何かと大変そうだった。しかし、孤独なロイドからすると、その悩みも少し羨ましいように思えてしまう。

一人になり改めてそのことを痛感する。


「お前も薬になんて手だすんじゃねぇぞ」

「当たり前だ」

「まっ、おめぇがんなことするたぁ思ってねぇけどな。んじゃ、またな!」


 ジールはそそくさと警邏の仕事へ戻り、ロイドは色町を跡にする。


 ここ数年はずっと一人だった。リンカに出会う数日前の自分に戻っただけだ。しかし、やはり妙に寂しさを覚えるのは、隣にリンカが居ないからなのか。


(何を俺はのぼせ上っているのか……)


 心の中でそう嘲る。既にリンカの依頼は達成した。もう、遥かに格上な彼女と関わることは無い。声を失った偉大な魔法使いへ、貧しいDランク冒険者のロイドができることはない。それが現実。


 その日のロイドは現実から目を背けるようにさっさと安宿へ飛び込んだ。度数のきついアルコールを何杯も煽り、すぐに床につく。



 それからの彼は、暫くの間自堕落な生活に浸っていた。

起きてはすぐに酒を煽り、宛もなく街をぶらつき、時折賭け事に興じる。

ステイのパーティーで相当気を使っていたためか、徒労感が酷く、何もやる気が起こらなかった。

 ただ無為な時間を過ごし、浪費を繰り返す日々。



 そんなある日、街中でたまたま”リンカ”を見かけることがあった。


 彼女は元気そうで、道のはるか向こうで、子供達を連れ立って歩いている。

恐らくラビアン教会の子供達と買い物にでも来ていたのだろう。


 一瞬声をかけようと思った。しかし止めた。声を掛ければリンカは反応してくれるだろう。自分も久々に心が晴れるだろう。そして思い出す――たった数日だったけれども、心の底から”楽しい”と感じたリンカとの道中のことを。


 きっとこの先も、あんなにまで心躍る依頼クエストは無いのだろう。稼ぐための依頼で必死になって”楽しさ”など覚える暇は無いのだろう。


 あの日々は夢で、幻。劇場で鑑賞し、一時感情移入をした、舞台作品と変わりない。現実を観なければならない。


 リンカはSSランクで、ロイドはDランク。住むべき世界が違う。

 だから彼はリンカに声を掛けず、踵を返す。ようやく、やる気を取り戻したロイドはまっすぐと宿へ向かっていった。



 宿へ戻りアルコールを抜くために睡眠を取る。時間は夜になっていた。しかし鉄は熱い内に打て。ロイドは夜中にも関わらず、旅支度を始めた。


――夜明けと同時にこの街を出る。


 いつまでもこの街に居ては、自堕落な生活を続けてしまう。良い大人がいつまでも不貞腐れている訳にはいかない。加えて、リンカがこの街にいるというだけで、夢のような数日間を思い出し、置かれた現実にさらに落胆してしまう。

 早く街を出て、全てを忘れてしまおう。


 そう思いながら荷造りをしていると、散らばった荷物の中に羊皮紙の束を見つけた。


 一瞬、何故自分がそんなものを持っていたのかと思った。やがてこの羊皮紙はリンカのもので、彼女が無駄遣いをしないよう、預かっていたものだったと思い出した。


(これはちゃんと返しておいた方が良いな)


 時間は夜半過ぎ。今ならリンカに会わずに、羊皮紙を返せると考えた。

出発時だと早起きなリンカと鉢合わせして、心が揺れ動くような気がした。もう彼女に会ってはならないと思った。


(こっそり扉にでもぶら下げておけば良いか。教会だし、盗人なんておいそれと出てきやしないだろう)


 ロイドは羊皮紙の束を手にもって、宿を出る。


 未だ眠り切っていない街を進み、最奥の閑静な区画へ足を踏み入れる。

中通りからでも大きく立派なラビアン教会が見えた。灯りは一切灯ってはいない。

しかし妙なことに、教会の前へは深夜というのにも関わらず、黒塗りの立派な四輪馬車キャリッジが横付けされていた。


 こんな時間に来客なのだろうか。もしかするとリンカの声を治すために、聖王都から使者が来ているのかもしれない。

 これではリンカと鉢合わせしてしまうかもしれない。やはり羊皮紙を返すのは明日の出立の時にすべきか。


 そう思う踵を返そうとしたときの事。門扉の向こうから靴い音が聞こえ、複数の影が揺らめく。


 その間に見えた、闇の中でも輝いているように見える黄金色の髪。

何故か複数の影の間にリンカの姿があった。


「――! ――!」


 彼女は必死に身をよじっている。ちらりと見えた腕には手枷がはめられていて、陰に成されるがまま馬車へ押し込められる。

馬はいななくことも無く走り出した。


 ほんの数秒の、嵐のようなできごと。


 気が付けばロイドは、走り出していた。


 何が起こっているのか分からない。しかしリンカの身の上に、良くないことが起こっているのだけははっきりと分かった。

胸がざわめき、考えるよりも先に体が動く。


 ロイドは脚力強化の魔法を施し夜に沈んだアルビオンの町を駆け抜ける。

馬蹄の音に耳を澄ませ、微かな車輪痕を目印に、一心不乱で走り続けるのだった。


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