第10話:ハイエルフの末裔のSクラス魔法使い


 交易都市:アルビオン


 かつて魔神皇の腹心”東の魔女”をその命と引き換えに打ち倒した”勇者アルビオン=シナプス”の名前を冠する、聖王国の首都:聖王都の衛星都市の一つである。

 さすが英雄の名を冠するだけはあり、街には”勇者”を志しているであろう、様々な冒険者であふれかえっている。


 サンドワーム以降、とくにこれといったトラブルに見舞われていなかったロイドは、ひとまず無事に森を抜け、リンカを街まで連れてくることには成功していたのだった。


「悪いが先に清算を済ませても構わないか?」


 リンカは迷わず首肯をしてくれた。


 リンカの最終的な目的地である”教会”は街の最奥にある。

そして冒険者ギルドの集会場は手前。更に色町はその間にある。

この先の時間効率を考えると、先に清算を済ませた方が、いちいち街の外側まで戻ら無くて済むのである。



 まるで要塞のような立派な門構えのギルドの支局。

今日も夢や一攫千金求めた、屈強な猛者たちがひしめき合っている。

しかし誰も、ロイドの隣を歩く少女が、精霊召喚を成しえた稀代の魔法使い【リンカ=ラビアン】であると、指摘しない。


 なればこの歩幅が小さく、軽く小突いただけで転んでしまいそうな彼女の正体を知っているのはロイドのみ。

そんな優越感に浸りつつ、集会場の中へ入って、受付と清算を兼ねるカウンターへ向かってゆく。



 受付嬢は一瞬、驚いた顔でロイドとリンカの顔を往復させた。

しかしその受付嬢は他人への深入りを好まない人だったらしい。

 ロイドがこれまでの道中で倒した怪物の一部を渡し、更に”ステイのパーティーから離脱した”ことを告げると慣れた動作で、そろばんを弾いて、奥へと消えて行く。


「あれ!? なんで先生とリンカが一緒にいるの!?」


 ここに来てようやく、石ころのようなロイドと、偉大な魔法使いであるリンカに反応する人物が現れた。

踵を返すと、長い銀髪の間から、長い耳を生やす、美しい容姿の魔法使いが駆けてきているのが見える。


 シルクのように滑らかな背中まで伸びる長い銀髪。意志の強さを表す、輝きのある瞳。

髪の間から除く長い耳は、彼女がハイエルフの末裔である証拠。

戦闘には不向きに見える露出度の高い上下だが、霊獣の髭を惜しげも無く使われていて意外と防御力があるらしい。

暗色の腕輪は最近巷に出回り始めたという”腕輪型の魔法の杖”

流行に敏感な彼女らしい装備だとロイドは思う。


「久しぶりだな、サリス。元気にしてたか?」


 ロイドが親しげに声を掛けると、彼女は――【サリス】は、特徴的な長耳をぴくぴく動かし、笑顔を浮かべる。


「うん! もうめっちゃ元気だよ!」

「そうか」

「ねぇねぇ、なんで先生とリンカが一緒にいるの? なんでぇ?」


 今日の興味はもっぱら、ロイドでは無く、リンカへらしい。

しかもどことなく、親しげな印象を抱く。


「リンカ、久しぶり! 元気にしてた?」


 サリスがそう聞くと、リンカはおずおずと頷いた。


「ねぇねぇ、なんでリンカは先生と一緒にいるの? なんでぇ?」


 リンカはいつもの苦笑いを浮かべる。

するとサリスは不思議そうに首をかしげた。


「どうしたの? なんで何も喋ってくれないの?」

「サリス、今のリンカはその……声が出ない、みたいなんだ」

「えっ!? それホント!? なんで!?」


 サリスの声が響き、視線が一気に集まった。

リンカは恥ずかしいのか顔を真っ赤に染める。

しかしそれも一瞬のことで、周囲の人たちはすぐに興味を無くして、元の喧騒に戻る。


「実は俺もなんでリンカが言葉を話せないかわからないんだ」


 ロイドはサリスへ、森の中で出会った声の出ないリンカから依頼を受けて、街の教会まで連れて行くところだたっと説明する。

サリスは大げさに”へぇ!”や”ほう!”と頷いてみせていた。


「出来ればハイエルフの末裔としての意見を聞きたいのだが」

「わかんない! こんなの知らない!」


 サリスはきっぱりと答えた。どうやら様々な知識に精通したハイエルフの末裔であるサリスでも、分からないことらしい。


「もしかして今の先生の雇い主がリンカなんですね?」

「まぁな」

「まったくもう、先生はいっつもクビになってばっかりなんだからぁ……」

「ん? ああ、まぁ、そうだな……」

「私はいつでも良いんだからね? 先生一人食べさせるくらいどうってことないんだからね!」


 サリスの常とう句にロイドは苦笑を禁じ得なかった。

確かにSクラスのサリスなら、Dランクのロイドよりも遥かに収入がある。

しかし妙な大人のプライドが、自分よりも若い娘に喰わせて貰うことへ拒否反応を起こさせていた。


「その様子だと相変わらず調子良さそうだな」

「もっちろん! 今はとある貴族様のところで魔法の指南役もやってるんだ!」

「それは凄い」

「ねぇねぇ、だから先生~食べさせてあげるから一緒にパーティー組もうよ~。もう良いじゃん。私は絶対に先生のことクビにしないよぉ!」


 話題転換を図ったつもりだったが、今日のサリスは妙に食らいついてくる。

するとリンカがサリスの袖を引いた。


「なに?」

「たぶんリンカは俺とサリスの関係を知りたいんじゃないか?」


 リンカはおずおずと首を縦に振る。少し元気が無さそうなそうに見えるのは気のせいか。


「ロイド先生は学院時代に私に神代文字を教えてくれたんだよ! それからの付き合いなんだ!」

「先生といっても、夏休みに補習のバイトで、少し講師をやっただけだがな。もしかしてサリスとリンカは同級生か?」


 サリスはリンカを抱き寄せて「うん! 親友なんだから! ねっ?」

リンカは少し強めに引かれて最初は驚いていたが、次第に柔らかい笑顔を浮かべはじめる。

 親しい人に会えて嬉しいらしい。


「おーい、サリスー! 何してんだ、さっさと行くぞ!」


 向こうの方で立派な鎧を身に付けた重騎士が呼んでいた。

どうやら今のサリスの一党らしい。

誰もが質の良い装備に身を固め、高クラスで固められたパーティーであると、はっきりわかった。


「先生、今回私、結構本気で考えてるからね?」

「あ、ああ……」

「今度ちゃんと答えを聞かせてね! リンカも元気でね! ばいばーい!」


 サリスは一方的にそう告げて、パタパタと自分の一党へ駆け寄ってゆく。


「先生ね……」


 ふいに出た呟き。ほんの数年前、そんな関係だった時はあった。

偉そうに神代文字の先生面をしたことはあった。

でも今のサリスとロイドでは、雲泥の差。


 ハイエルフの血を引く優秀なSランク魔法使い――それが今のサリス。


 彼女は彼よりも遥かに先を進み、輝かしい冒険者生活を手に入れている。

 教え子が活躍しているのは喜ばしいことだし、ロイド自身もサリスの飛躍を嬉しく思っている。しかし心のどこかでは、自分との差に、絶望している彼もいた。


 不意にリンカがロイドの袖を引いた。

彼の気持ちを知ってか、はたまたただ単に清算が終了して、支払金が後ろのカウンターに置かれたからか。


 ただ少なくとも、リンカが触れてくれたおかげで、沸き起こった陰鬱な気持ちはどこかへ消え去ったような気がした。


「ありがとう」

「……」


 リンカは笑顔を浮かべるが、その真意は分からない。

しかし彼女の笑顔に救われた彼は金を受け取り、ギルドを跡にする。


 そうして去来した一抹の寂しさ。


 リンカからの依頼は、教会へ無事に送り届けるまで。


 何故か足取りが重く感じられるロイドなのだった。

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