第8話:神代文字が苦手な稀代の大魔法使い
サンドワームとの
無理と無茶はそれだけ生存性を低くする――その教えに従って、未だ日は高いがキャンプを張ることにしていた。
そして今日もリンカは、朝食に続いて、夕飯もせっせと作り始めていた。
朝食は作ってもらったし、今日は危ういところをリンカに助けてもらった。
せめて夕飯ぐらいはと態度を示すも、リンカは首を横へブンブン振るばかり。
立ち上がろうにも何度も肩を押さえてつけて、座るよう促す始末。
無理に払いのけようとするのは、また食事を作ってもらうことよりも気が引ける。
そういう訳でロイドはせっせと調理をするリンカを見ながら、紫煙を燻らせる。
出来上がってリンカが差し出してきたのは日中に倒した”サンドワームの肉片の丸焼き”であった。
見た目こそぶよぶよしていて気味が悪い。
しかしそんな表面をパリッと剥けば、エビのような乳白色の実が現われる。
旨みも強く、風味も豊か。
酒があれば、この珍味を肴に一杯ひっかけたい気分になる。
(やっぱり、少し塩気がたりないな……)
さりげなく塩の入った小袋に手を伸ばすと、気づいたリンカが少し引っ張って遠ざけた。
そして浮かべる捨てられた子犬のような、子猫のような儚げな視線。
今日は助けて貰った手前、云うことを聞こう。
そう思ってあきらめると、リンカはにっこり笑顔を浮かべて、食事を再開する。
はむはむと噛り付く様子はまるで小動物のリスのよう。
こんな少女が、稀代の大魔法使い、世界で唯一SS級に認定された、
【リンカ=ラビアン】
「なぁ、お前、本当にあの”リンカ=ラビアン”なんだよな?」
リンカは、不思議そうに首を傾げて、小さく頷いた。
ロイドは雑嚢からたまたま持っていた版画を開いてみせる。
そこには若干面影はあるも、随分と大人びた雰囲気の”リンカ=ラビアン”の像が記されている。
それをみたリンカは顔を真っ赤にして、自分を指さした。
どうやら本人はこの版画の存在を知らなかったらしい。
「宣伝効果を上げるために今のリンカを百倍増しに描いたんだろうな」
リンカは口をへにゃりとまげて、少し顔を赤く染めつつ苦笑いを浮かべた。
(本物もちょっと子供っぽいが、随分綺麗だがな)
リンカは青い瞳に彼を写して、不思議そうに首を傾げている。
ふいに寄せられた純真な青い瞳に、ロイドの胸は自然と高鳴る。
「そ、それよりも、お前、何故物凄い魔法使いなのに神代文字が書けないんだ?」
話題逸らしにそう聞くと、リンカは恥ずかしそうに首を縦に振った。
「具体的にどれぐらい書けないんだ? 地面にで良いから書いてみてくれ」
やっぱり苦笑い。
「まずは”ひらがなの母音”で良いから。ほら」
話が進まないと、ロイドは木の棒を差し出し、リンカが握るまでじっと待つ。
観念したリンカは、棒を受け取り、おずおずと書き始めた。
ひらがなの母音――あ、い、う、え、お
「ん、むぅ……」
「……」
ロイドは言葉を失い、リンカは恥ずかしそうに俯く。
「い」と「う」はまだいい。形が単純だから辛うじて読みとれる。
しかし「あ」と「お」がなんとなく形が同じになっていた。「え」に至ってはまるで何を書いているのかさっぱり分からない。
字が下手なのは分かっていたが、丸みを帯びている神代文字になると、その悲惨さは想像を絶していた。
本人としては精いっぱい、頑張って書いたようで、唖然とするロイドを見て、泣きそうな様子だった。
「リンカ、【え】で左下に突き出てるところがあるだろ? そこは筆を止めずに、重ねて右側まで行くんだ」
「?」
ロイドの指摘にリンカは首を傾げる首を傾げる。
「少し失礼する」
リンカの背中に回って、棒を持っている右手へ、自分の右手を重ねた。一緒に木の棒で「え」を一筆で描ききる。
「こう書くと「え」にちゃんと見えるだろ?」
「……」
リンカはふるふると肩を震わせている。
「ど、どうした? どこか痛かったか?」
リンカは涙を流しつつも、笑顔を浮かべながら、首を振る。
どうやらこれは――泣くほど”嬉しい”ということらしい。
その顔が凄く魅力的で、ロイドは照れ隠しでリンカの頭をわしわしと撫でる。
「この程度で感動しててはまだまだだ。今日のところは母音を完璧にしよう」
元気よく首を振るリンカ。
かつて”勇者”をめざしていたロイドは必死に”神代文字”を勉強して、一時は魔法学院で臨時ではあるが講師もやったことがあった。
(まさかこんなところで役立つなんてな……)
人生、どこで何か起こるか分からない。
だけど夢破れたけども”神代文字”を必死に勉強しておいてよかった。
そう思うロイドなのだった。
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