第42話 なんで知ってるの?

「ねー。傷物って何があったの? なんでチャコちゃんも人犬なんて知ってるの?」


 話について行けない僕に、


「いや。取り敢えず待ってくれ。先にこの子を宥めないといけないから」


 お兄さんは膝から僕を降ろして、お手伝いさんと話をする。


「あ、しずさん。暫く久子さんとお話しするから。この子をお接待お願いしていいかな?」


「ええ」


 お手伝いさんは頷いた。そしてお兄さんに、


「ちびっ子のチャコの身体がお気に召すとも思えませんが。

 私としては怪我をさせなければ、チャコが望む限り何をされても構いません」


 と言って片目を瞑る。


「静さん、揶揄わないで下さいよ」


 お兄さんはぼやきながら、ぶーたれてるチャコちゃんを抱っこした。



「人犬に成りたいなんて、悲しいこと言わないで欲しいな?」


「でも~」


久子ひさこさんは知らないだろうけど、人犬になった子は何から何まで全部わんちゃんと同じになるんだよ」


「うん。知ってる」


「わんちゃんは首輪して、鎖で繋がれたり檻の中に居るよね。人犬もそうだよ」


「うん」


「わんちゃんはお洋服着てる?」


「着てない」


「パンツも穿いてないよね」


「うん」


「久子さんが人犬になったら、ずーっと裸ん坊だよ。檻の中か鎖で繋がれて、お外に遊びに行けないよ。

 ご飯も人間様の残飯を食べなきゃいけないんだ。おやつだって無しだよ」


「うーん」


 チャコちゃんは泣きそうな声でうんと言う。


「久子さんはニンジンが苦手だったよね」


「うん」


「餌にニンジンの皮ばかり出たらどうする? 残らず食べちゃわないと、次の餌は貰えないんだ」


「ふぇぇ~ん」


 あらら。想像しただけで泣き出しちゃった。



 廊下でそんな声を聞きながら、僕はお手伝いさんに母屋の方に案内された。

 カラーテレビの有るお茶の間に通された僕は、テレビに面した長椅子に座るように言われ腰掛ける。


「粗茶ですが」


 注がれたお茶の隣には、一センチの厚さで切られ花弁のように盛り付けられた深緑の羊羹。


「どうぞ」


 勧められるままに口にする。


「あれ? これは……


 羊羹からも湯飲みと同じ香りがした。


「お気付かれましたか。

 ポンプで汲み上げた井戸の水を沸かし、程好く冷ましたお湯で入れました。

 羊羹は、裏漉しした白餡を元に私が作った物です。

 どちらも同じ井戸の水、同じ狭山の茶葉を使って作ったのですよ」


「ところでさ。どうしてチャコちゃんが人犬なんて知ってるのさ。傷物っていったい何の事?」


 訊ねる僕に、お手伝いさんの静さんは、


「どこからお話ししましょう。人犬の事は御存じなんですか?」


 と、どれだけ僕が知っているのかを確認した。

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