第38話 本物が駄目なら

 結論から言うとお兄さんは、アドを連れて来たのをお手伝いさんに叱られた。

 これがまだお兄さんのお父さんやお母さんが犬嫌いだけなら、お留守の時にちょっとだけなら目くじら立てなかったみたいなんだけれど。犬の抜け毛とかで喘息が酷くなるんだから困っちゃう。


「坊ちゃまこれからお部屋を大掃除致します。暫く外に出て居て下さいませ」


 言葉遣いは丁寧だけれど、有無を言わさず僕達は部屋から追い出された。


 アドをまだ土間にしか入れていないのに、廊下やお部屋に電気掃除機を何度も何度も掛けてさらに雑巾掛け。

 そのまま消毒に石炭酸でも吹き付けかねないほどの、神経質な念の入れよう。


「あと一時間程掛かります。それまで気分転換にお散歩をされては如何ですか?」


しずさん。ちょっとま……」


「ぼっちゃま」


 にっこ笑うお手伝いさん。

 部屋の外から見て居たけれど、どうも掃除の邪魔らしい。



「アドを連れてっちゃ駄目だったかぁ」


「ほんと済まないね」


 頭を下げるお兄さん。


「僕のことは何にも言わなかったね」


「そりゃそうさ。君は犬の毛を撒き散らさないもの」


 お兄さんは言った。


「でもね。親の喘息もあるけれど、今僕は犬なんて飼ったら駄目なんだ」


「お勉強の邪魔になるから?」


「それもあるけれど。最近なんかカリカリしちゃってね。バケツに当たり散らして、蹴っ飛ばす様な事になっているんだ。多分、今犬を飼ったら叩いたり、蹴飛ばしたりしちゃうかもしれないんだ。

 そんな奴に犬を飼う資格なんて無いんだよ」


 お兄さんは少し寂しそう。


「それでも。いつも可愛がっていれば、たまに八つ当たりされたとしても構わないってわんちゃん、居ると思うよ。お兄さんだって、バケツと犬を同じには蹴っ飛ばさないでしょ?」


「そりゃあそうだ。バケツと生きてる犬を一緒には出来ないよ。バケツは蹴飛ばされても痛くないし、当たり散らしても辛いとは感じない。なによりバケツは犬みたいに甘えて来ることも無い」


「だったら。たとえ蹴っ飛ばしても手加減するだろうし。普段の態度から、犬だって可愛がられてることくらい解るでしょ?」


「それは人間の勝手な理屈さ。叩こうが蹴飛ばそうが懐いて来る犬が居たとしても、それはそうしないと生きていけないからだよ」


「そうとは限らないよ」


「君ね。思い込みで人間の勝手な理屈を犬に押し付けちゃいけないよ。

 確認しようにも。人間同士でお喋りするようには、言葉を交わせられないだろう?」


 そうお兄さんは決めつけた。


「じゃあ。お兄さんとお話出来る犬が居たら?」


 僕がそう言うと、


「ははは。君ね、それはまんがの見過ぎだよ」


 とお兄さんは笑う。なので、


「いるもんここに」


 僕は自分を、テレビのお芝居のように親指で指して、言った。



「嘘んこの犬でいいなら僕、アドの代わりをするよ。

 毎日じゃないけれどたまになら」


 これなら僕にとっては、わんちゃんしに行くお家が一つ増えるだけだ。

 お兄さんはお勉強で忙しいから毎日来られても迷惑だろうし、僕にだってアドの散歩と言うお仕事がある。



 僕の頭を撫でながらお兄さんは、


「ちっちゃい子が良くやる犬ごっこかい?

 確かに離れに人間の子供が遊びに来て、僕が気晴らしに相手をするんなら問題にはならないね。

 訪ねて来るのが年頃の女の子ならいざ知らず。君は小学生でしかも男の子だ。

 少しばかり僕がお勉強を見てやるくらいなら、変な噂も立たないだろう」


 それも良い気晴らしかな? と目を細める。



「じゃあ。遊びに行ってもいいの?」


「ああ。ただ模擬試験とか十二月を過ぎた追い込み時期とか。忙しい時はそう言うから、その時は文句言わずに帰ってくれよ。

 僕は大学の試験が第一だからね。気晴らしを試験より優先させることは出来ない」


「うん。大学行くのが大事だもんね」



 ごしごしと力強く僕の頭を撫でたお兄さんは、アドの鎖を握ると、


「じゃあ。早速だけど、僕の癒しになって貰おうか」


 そう言って、ひょいと僕を持ち上げた。

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