第31話 尻餅

 明けて月曜日。いつものように、僕は暴行女の隣の席に座る。

 隣と言っても、僕とあいつの間だけ机に筆箱一個分の隙間があるんだ。


 何か恨まれる事僕したっけ? 全くの初対面でいきなり鉛筆で刺されたよね。

 そんなんだから、僕から仲良くなろうなんて気は全くない。


 第一ね。机をくっ付けると暴行女から攻撃して来るし。かと言って反撃しようにもね。

 相手は一応女の子だもん。よっぽどの弱虫でもない限り、男が女とどつき合いのケンカなんてしたら、男のほうが悪いって事に為っちゃうんだもん。

 もしあいつを泣かしでもしたら、一方的に僕が先生の拳骨貰うことになる。少なくとも僕は先生に、弱虫なんかに見られてないからね。

 ほんと全然割に合わないよ



 富樫はあんな奴だから、早くもクラスで浮いていた。女なのに気が強くて手が早いから、あの木村の野郎とはもう何度も派手にやり合って、木村は拳骨を頭に富樫は手の甲にしっぺを貰って居た。

 クラスの皆は、僕が富樫に一方的にやられていることを知っているから、席を離すくらいじゃ何も言って来ない。

 この何日かで、最初は机を付けなさいって言っていた先生も、


「やられたらやり返していいですか?」


 の一言に匙を投げた。

 だってさ。筆箱一つ分の隙間は、僕達がケンカをしない為の距離なんだから。



 三時間目。水色の地にわらしべ長者の絵の表紙のご本を広げる。


 いつもの授業だ。国語の授業は最初に漢字の五問テストがあって、黒板に書かれた平仮名を漢字に直す。

 隣とノートを取り替えて、先生が黒板に一画ずつ筆順が判るように書く答えと付き合わせて採点だ。


「次の段落を竹部さんから」


 いつもの通り、席の順に一節一節、立ち上がって朗読して行く。

 富樫の番。なんだか辛そうに暴行女は立ち上がった。


 綺麗な朗読だ。気に食わない奴だけど富樫は凄い。ずっと学校お休みしていたのに、全然お勉強が遅れて居ない。

 さっきの五問テストだって、漢字の止めもはねも書き順も見事なものだった。

 粗探しをして減点して遣ろうと思っても、悔しいけど完璧すぎるんだ。


 国語だけじゃなく、算数だって僕より出来る。おまけに黙って居れば結構可愛い顔なんで、これで狂暴じゃ無かったら絶対クラスの人気者になれるはず。

 なのにね。天は二物を与えずってやつかな?



 一節を読み上げて、そーっと着席する富樫。無意識にスカートの裾を下に敷く様な仕草をしているが、今日も富樫はズボンを穿いている。

 小憎らしい富樫め。せめてスカートだったら一矢報いて遣れるのに。


 国語が終わって休み時間。トイレか水飲み場かは知らないけれど、一人で出て行って帰って来た富樫が椅子に腰掛けようしたその時。

 ガタンと大きな音がして、富樫が派手に尻餅を搗いた。上に木村が乗っかった状態で。


「木村ぁ! あんたねー。いい加減にしなさいよ。

 いくら気に入らなくたってイタズラが過ぎるでしょ」


 立ち上がるなり、安倍さんの体当たりに吹っ飛ぶ木村。女の子だけれど体重が倍は違うので、相撲のぶちかましを掛けたら相手にもならない。


 富樫は? と見れば。床に尻餅を搗いたまま身体を縮めて、小さな声で笑っているような音を立てている。


「やぱい! 安倍さん。これ滅茶苦茶痛いんだ」


 お尻を強く打ったりした時、痛さが限界を超えると笑ってしまう。そう、キングのジャイアント馬場の漫画に書いていたんだ。

 安倍さんも異様さに気づき、


「立てる? 保健室行こう」


 と声を掛けた。

 笑ってると思ったのは粗い息。


「柿崎君。肩貸して」


「う、うん」


 両側で身体を支え持ち上げる。

 やっと起き上がった木村も、自分がしたイタズラのとんでもない成り行きにおろおろしている。

 そんな中。僕と安倍さんが肩を貸して、なんとか保健室に連れて行った。



 衝立の向こうで、保健室の先生が打った所を改めると、


「いったいどうしたの? 腫れて内出血しているわ」


「座ろうとした時、木村君が椅子を引っ張って……」


 見ていた安倍さんが説明する。


「よっぽど強くお尻を打ったのね。湿布をして保健室で様子を見ましょう。

 心配だろうけど先生に任せて。もう直ぐ四時間目が始まるわよ」


 急いで行こうとする僕の背に、


「廊下は走っちゃだめよ。今度はあなたが怪我をするかも知れないから」


 と、保健室の先生が声を掛けた。

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