第27話 打たないで

「どっち選んでも、いっぱいたれちゃうのは変わりないし。おまけに嫌なとこばかりにしちゃうなんて酷いよ。

 それで、その嫌なことに嫌なことを寄せ集めたの、僕がやるの?

 ねぇ。僕、いじめっ子になるのだよ」


 僕、怒ってもいいよね。


 口を尖らした僕に最初に反応したのは、お爺さんでも土屋さんでも無かった。


「くん。くぅ~ん」


 声と共に、靴下に湿り気。

 チコちゃんったら、垂れて来た涙で湿ったお口を僕の靴下にくっ付けて、噛んでお口で靴下を引っ張っている。

「ちょっとチコちゃん」


 靴下はくるぶし近くまで引き下ろされていた。

 チコちゃんは剥き出しになった僕の足をペロペロと舐めている。

 思わず足をひっこめようとしたけれど、素早く引き抜くとチコちゃんを蹴っ飛ばす形に為っちゃう。

 それに気付いてゆっくりと足を持ち上げると。チコちゃんは靴下の丸まった所に噛み付いて、引っ張って脱がしちゃった。


 丸まった靴下を口に咥えたチコちゃんは、


「駄目だよ。そんなもん咥えちゃ」


 叱る僕の足に抱き付いて、口元で探りながら裸足の足を見つけると舌でペロペロと舐め始めた。


「チ、チコちゃん」


 僕の足の甲をペロペロ舐め始めちゃったよ。


「駄目! 穢いから舐めちゃ駄目だよ」


 慌てる僕にお爺さんは、


「おうそう来るとは思わなんだ。

 ひろ坊や。止めてはならん。チコは躾をして貰わなくても、人犬の身分は弁えておると言っておるのだ。

 ここまで従順なら、わざわざ躾の必要が無いかもしれないな」


「え? お尻叩かなくていいの?」


「ああ。だからチコの気の済むようにしてやれ」


 言われて為すがままにして居ると。


「チコちゃん……」


 足の甲だけじゃない。足の指を口に含んでおしゃぶりのようにしゃぶる。仕舞いには、お行儀の悪い子供が、お皿に付いたカレーを舐め取るかのように、足の裏まで丁寧に舐めた。


 僕が余りの事にぽかんとしていると、


「ここまでして、今更上下の躾も無いだろう。

 チコ。お尻叩きは無しにするぞ。とうぜんお尻丸出しも無しでいい」


 そう土屋さんが言った時の、


「わん!」


 弾むようなお返事は忘れられない。



 その後。お爺ちゃんがお昼の用意を終わらせるまで、土屋さんは僕にチコちゃんと遊ぶように言った。


「これがチコちゃんのおもちゃ?」


 ビニールで出来た空気で膨らませた鈴入りの骨。振るとチリンと音がする。


「そうだ。室内用のチコの玩具だ。鈴が鳴るから見えなくても取って来れる」


「これ、手ぬぐいに見えるけど」


「人間様と綱引きして遊ぶものだ。坊や。人犬の身体は人間様と変わりない。だから噛ませて綱引きすれば、本物の犬と違って簡単に歯が折れてしまうんだ。ちゃんと加減をして遊ぶんだよ」


「う、うん」


 本当に犬扱いなんだね。



「行くよ。ほら!」


「わん!」


 ビニールの骨を投げると、床に当たって鈴が鳴った。

 覆面で目隠しされているチコちゃんは、音を頼りに追い掛ける。

 見つけて咥えたのを見ると、僕は拍手。チコちゃんは今度はその音を頼りに戻って来る。


 時々壁に頭をぶつけたするけれど、チコちゃんは結構この遊びに慣れているみたい。音を頼りにちゃんと骨を探して持って来る。

 そうして、頭で僕の位置を確かめてちんちんするチコちゃん。

 僕はよしよしと身体を撫でてやってからおもちゃの骨を受け取る。


「もう一度。ほら!」


 骨をまた放ってやる。これって本当に犬と人間の遊びだね。



 そうやって時間を潰していると、


「ひろ坊。ご飯だぞ」


 お爺さんが呼びに来た。

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