第26話 チコちゃんの身分

 縋るように僕に身体をこすり付けるチコちゃん。

 くすりと土屋さんが笑う。


「チコも少しは犬らしくなって来たな。ちゃんと甘やかしてくれそうな所に寄っている」


「はは。ひろ坊にもちょっと怖いと言われるわしだ。仔犬のチコにはさぞ怖かろう」


 お爺ちゃんは苦笑い。


「そりゃそうだ。

 土間でナナのトイレを使わせて、ナナの躾に使って居た奴を使ったんだからな。

 貴様がどう言う風に人犬を扱って来たのか身をもって知っている。

 しかしチコの奴、金ダライに小便をするのはよっぽど嫌らしく、かなり梃子摺てこずらされたぞ。

 ナナの時もコロの時もペチャの時もそうだったが、派手に音を立てるあれはメス犬に評判が悪い。

 いやメス犬であれを嫌がらぬものなど見たことが無い」


「安達。チコが坊やにれしくならんうちに、遣っておこう」


 土屋さんがお爺ちゃんに話すと、


「くぅ~ん!」


 チコちゃんは、鼻面を僕の股座に押し付けるようにして、腕で確りと抱え込むようにしがみ付いた。


「何これ?」


 それで今気づいたけれど。チコちゃんの掌が妙にぷにぷにしてる。


「チコちゃんの手、変だよ。あれ? ちょっと、何か付けてる」


「ん? ああ。咄嗟に前足の指で掴もうとするのでね。ゴムまりを握らせて袋を被せている。

 本物の犬の肉球代わりだ」


「くぅ~ん」


 可哀想なくらいチコちゃんは怯えている。


「おじさん一体どうしたの? チコちゃん滅茶苦茶怯えてるよ」


 僕の質問に答えるかのように、土屋さんはお爺さんと話の続きをする。


「今やって仕舞おう。

 チコと坊やは同い年だ。甘えるくらいならまだ良いが、そのうち友達だと勘違いしかねん」


「その前に躾をするのだな」


「ああ」


 土屋さんが頷くとチコちゃんの怯えは益々酷くなって来た。


「躾って何? おじさん、チコちゃん怖がってるよ」


「坊や。躾と言うのはね。上下関係を確り判らせることさ。

 チコにはお前が一番下だと教えているのだが……」


「一番下?」


「ああ。新入りの犬なんでな。

 家には前から飼っている番犬のジョンが居るんだが、チコの身分はそいつよりも下なんだ。


 それが、ついこの前まで人間の女の子として育てられていたチコには、なかなか理解出来なくてな。

 放置すれば咬まれて大怪我をする恐れがあった。


 だから理解出来るまで引っ叩いて性根に刻み、降参させてジョンに急所を甘噛みさせた。

 ジョン様に逆らえば痛い目を見るぞとな。


 チコは本物の犬よりも下の身分なのだから、当然人間様の坊やよりも下だ。

 それが対等の友達のような感覚に為らぬうちに、きちんと躾ける必要がある。

 坊やは良くても、れしいのは俺が許さないからな」


「躾って。僕、何をするの」


 おじさんの勢いに、一歩後ろに退きながら僕が聞くと、


「簡単なことさ。こいつでチコのお尻を百ばかりてばいい」


 絵の無い羽子板を僕に見せて、何を当たり前のことをと土屋さんは言う。すると、


「くぅ~ん!」


 悲鳴を上げるように啼くチコちゃん。


「チコ。本来はお仕置と同じでタイツを下げて丸出しにしたお尻をって貰う所なんだが……」


「くぅ~ん」


 今度は悲しそうに啼くチコちゃん。


「チコ。お尻丸出しで五十たれるのと、タイツのままで百たれるのとどっちが良い。

 丸出しか?」


「くぅ~ん。くぅぅ~ん」


 今にも泣きそうな声。

 僕ならお尻丸出しの方だけど。チコちゃんはどうしても嫌みたい。


「なら、百叩きの方か?」


「くぅ~ん。くぅぅ~ん」


 どっちも嫌なのは判る。五十歩百歩なんて言うけれど、いっぱいたれることに違いない。


「そうか。だったら、お尻丸出しで百叩きにしよう」


「……うっ、うぅぅ~。うっ、うっ。くぅ~ん」


 意地悪を言われて、とうとうチコちゃんは泣き出した。

 犬らしくないとお仕置されるので、必死に犬の鳴き声にしようとしている。


「お爺ちゃん」


 僕は口を開いた。

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