第25話 粗末な餌

 ぴしゃりと平手でお尻を叩く音。


「……わん」


 消えちゃいそうな声で返事して、お腹を上に向けるチコちゃん。

 その足首を掴んで、片足ずつタイツを爪先に通す土屋さん。

 そうして太股の辺りまでタイツを上げると、まるで赤ちゃんのおむつを替えるように足を掴んでお尻を持ち上げて、タイツを穿かせる。そして、


「戻っていいぞ」


 と言うと、直ぐ四つん這いになったチコちゃんのタイツを直して、元のように上下の繋ぎを皮ベルトで止めた。


「ほら着せてやったぞ。なあチコ。お前は親に売られて人犬に成ったんだ。

 どうしても裸が嫌だと言うから、こうして犬の時も着せて遣っているのに。一体何が気に食わないんだ」


 それ、多分恥かしいからだと思う。あれじゃ手が前足になる犬の時は、タイツを外せずおしっこ一つ自分では出来ない。おしっこの度に下はお尻丸出しに成っちゃうのが恥ずかしいのかな。


「おしっこ随分溜まって居たな。坊ちゃんが気付いてくれなかったら、またお漏らしをしていた所だ。

 お漏らししていたら、こんなもんでは済まないのは身に染みているだろう。

 折角おしっこさせてやっているのに、反抗的だから叩かれるんだぞチコ」


「あ、あのう……。ひょっとして、同じくらいの僕の前じゃ恥ずかしかったのかも」


「くぅ~ん」


 僕の言葉が図星だったみたい。


「馬鹿だなぁ。ここで漏らして居たら、お漏らししたいけない所を坊ちゃんの前で叩かれていたんだぞ。

 坊ちゃんの目の前でプロレスの股裂きを掛けられて、痛い思いをしながらな」


「股裂きって……」


 想像するだけで恥ずかしくて顔が真っ赤になった。おまけにお股を叩くなんてとっても痛そうなお仕置だ。

 思わず僕は前を手で庇う。


「いやいや。坊やがされる訳じゃないよ。

 たとえ坊やが売り買いされる人犬だとしても。オスの仔犬のお股を叩いたら、メスと違ってショックで死んじゃうかもしれない。

 お仕置は懲らしめだから、大怪我したり死んじゃうようなことはしないさ。

 代わりにチコの倍はお尻を叩かれるだろうけどね」


「あはは。そうだよね」


 ほっとする僕の目の前でしゅんしゅん鼻を鳴らしながら、


「くぅ~ん」


 と謝るチコちゃん。

 慰めてやれとばかり、僕の背中を押すお爺さん。僕は近付いて、


「チコちゃん。お腹空いたでしょ」


 丁度アドにするようにほっぺの辺りを撫でてあげる。覆面の上からだけど判るかな?


「くすん。……わん」


「おじさん。チコちゃんのご飯持って来た? チコちゃん、普段どんなの食べてるの」


「これだが」


 と言って見せてくれたのは、紙袋に入ったポン菓子のような物。


「粟・稗・の実・きび・カラス麦・蕎麦・エンドウ豆。

 こいつをポン菓子の器械で破裂させて、魚粉と油を抜いたヒマワリの種を粉にして混ぜている。

 今は小鳥の餌になっているが、元々人間様が口にしていた物ばかり。

 それもちゃんと人間様の身体で消化できるよう加工してあるから安心なさい」


「僕、ちょっと食べてみていい? 僕が食べてお腹壊さないんでしょ?」


「構わないが、人犬の餌だぞ」


 出した掌に一つまみ載せてくれた。

 うん。味が無い。これは湿気たポン菓子だ。


「これでいつもどのくらい?」


「子供のお茶碗に盛り切り二杯だ」


「うわぁ……」


 ポン菓子って嵩の割に軽すぎるから、食べても直ぐお腹空くんだよ。それが普通のご飯で、たった二杯だなんて。


「こんなんで生きて行けるの?」


「チコは学校行かせているから、月曜から金曜は給食がある。それで栄養は十分だ。

 さもなければもう少し腹に溜まる餌にするし、滋養の事も考えるさ。


 それにチコは愛玩犬なんだから、もっと欲しければ芸をしてご褒美を貰えば良い。

 別にサーカスの様な芸は要らない。せいぜい取って来いとか、投げた食い物を口で受けるとかそう言うものだ。

 お手とかお回りとかちんちんとか、簡単な犬の芸でも甘え上手な仔が可愛らしくすれば餌にありつける。


 芸をするでも無い。甘えておねだりするでも無い。今の所、チコがてんで成って居ないからお腹を空かせている訳だ」


「でも可哀想だよ」


 僕が言うと、


「そこまで言うなら。坊やが坊やの分を分けてやっても構わないよ」


「僕の分?」


「おやつとか給食の残りのパンとか、お小遣いで買ったお菓子とかだ。

 他人ひとの飼い犬に口を出すんだ。そのくらいのことはしないとな」


「うん。……そうだね」


 給食の残りのパンくらいなら良いけれど、おやつも駄菓子もちょっと痛い。


「くぅ~ん」


 切なそうにチコちゃんが啼いた。僕に身体をこすりつけて。

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