第24話 失敗はしなかったけれど

「おトイレが出来ない? この仔、確か七つだよね」


「もちろん学校へ行かせている時は人間様の格好だから、チコもちゃんと一人で出来るさ。

 でも犬の時は自分でおしっこ出来ないからね。良く失敗してしまうんだ」


 そう土屋さんは言う。


「えーと。バッグに入れて運んで来たんでしょ。この前おしっこしたの何時?」


「……三時間は経って居るな。そろそろか。チコ。おしっこは?」


「くぅ~ん」


 なんだかもじもじしている。


「安達。部屋に犬のトイレなんぞ無いだろう。どこでさせればいい?」


「土間にナナが昔使って居た金ダライがある。そこにさせろ」


 首をあっちこっちに振って


「くぅ~んくぅ~ん」


 落ち着かないチコちゃん。


「どうした? 今おしっこさせてやるぞ」


 チコちゃんを抱き上げようとするとその腕を、するっと前に抜け出した。そして、


「きゃん!」


 覆面で見えて無いんだもん。勢い余って壁に頭をぶつけちゃった。


「どうしたのこの仔。嫌がってるよ」


 抱き起こした僕の腕の中で、身体を縮めるチコちゃん。


「なあに。まだ犬の自覚が足りないだけだ。坊や、そのまま抑えて置いてくれ」


「きゃんきゃんきゃんきゃん!」


 まるで殺されそうな声をして逃げようとする。


「ほら。いま外してやるからちょっと待て」


 土屋さんは腰の皮ベルトを外す。そこに丁度、二つのタイツの継ぎ目があった。

 そしてそのままタイツに手を掛け、べろんと膝までタイツを降ろす。下はやっぱり剥き出しのお尻だ。

 尻尾の丁度真下。お尻の付け根辺りに小さな青い痣。お尻の丘の部分にも、


「牛?」


 百一匹わんちゃんのまだらの子のような斑点が、全部で五つばかり僕の目に飛び込んで来た。


「くぅ~ん!」


「自分で脱げやしないだろう。さ。おしっこ行くぞ」


 平手でピシャリ。抵抗するチコちゃんのお尻を叩く。

 すっかり下を脱がされて、横抱きにされたチコちゃんが連れて行かれた。


「お爺ちゃん。あの仔どうかしたの?」


「七つともなれば立派なおなごだ。恥ずかしいのだろう。

 だいたいな。今までいろんな仔を見て来たが、自分から張り切って脱ぐのはお前くらいだ」


「そうなの?」


 小声でお爺ちゃんと話していると、


「出ない訳無いだろう。今しないと帰りまでさせてやらんぞ。

 お漏らししてお仕置されたいのか? 他所様の家で粗相をすると、いつものお仕置に、ここの家の人からのお仕置が加わるんだぞ。

 おい! 犬の時に人間様みたいに泣くな!」


 チコちゃんの泣き声に交じって、大声で叱りつける土屋さんの声。

 やがて、ここからでもはっきり判る噴き出した水が金ダライに当たる音。

 打ち消すように上がる大きな泣き声。


「犬が恥ずかしがるか馬鹿。泣くなら犬の声で泣け!」


 怒った声に交じって、バチンバチンと痛そうな音。ますます大きくなる子供の泣き声。


「お爺ちゃん……」


「言うな。あれが人犬の扱いだ。

 下手くそや頑張ってやったのに失敗したことは許されても、反抗したり人間様のように振舞うことは許されん。

 それにあれは土屋の犬だ。わしがとやかく言えるものでない」


 そう言うお爺さんの顔は怖かった。


 行きと同じく、横抱きにされて戻って来たチコちゃん。

 お尻は真っ赤に晴れ上がり、行きには無かった五、六本の赤い筋があった。


 うつ伏せに丸まって、シクシクと泣くチコちゃん。それを横目に土屋さんは、土間から持って来た絵の無い羽子板を横に置いて、脱がせた時丸まったタイツを戻している。


「降参!」


 直し終わったタイツを手に、土屋さんが命令した。

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