第29話 ほんこと嘘んこ
「ほれ。食わせて遣りたいんだろう?」
お爺さんが新しい小皿に卵を割った。そしてすき焼きの肉を何切れか入れて僕に渡す。
「あげていいの?」
「犬にあげるは無いだろう。やると言うのが正しい日本語だ」
駄目だと言われたのは僕の言い方だけ。
「うん。チコちゃんにやって来る。チコちゃ~ん。あーん」
床を綺麗に舐め終わったチコちゃんの前に来て、箸で鼻先に持って行こうとすると。
「坊や。一度口に含んでから与えるんだ」
と土屋さんが言った。
「なんで?」
「菓子やすき焼きみたいなご馳走は、人間様の食い物だ。そのまま犬に与えると、自分は偉いと勘違いを起こす。あくまでも、喰い残しを分けて遣る形にするんだ」
「こう?」
卵の絡んだお肉の端っこを口に含む。
「それでいい。チコ。坊ちゃんがお余りを下さるぞ。心して食え」
うーん。あくまでも犬扱いの土屋さん。
チコちゃんって、売られてわんちゃんにされちゃったけれど。身体は今でも人間なんだよね。
僕と一緒で学校にだって行ってるんだし。
「お口、上に向けて。あ~ん。はい!」
上から口の中に落としてあげるとあっと言う間。
「早いね。ちゃんと噛んでる?」
「へっへっへっ、わん!」
嬉しいのか、ちんちんしたままお尻を振る。タイツに付いてる尻尾もそれに合わせて大きくパタパタ。
「次行くよ」
一旦端っこを口に入れて、
「あ~ん」
言われなくても上を向いて大きく口を開けるチコちゃん。
二度三度とあげていると、なんだか雛鳥に餌を遣ってる親鳥みたいな気分になって来た。
「お豆腐、食べる?」
「わん!」
「白滝は?」
「わん!」
チコちゃんの弾んだ声に嬉しくなって行く。それまで結構食べてたけれど。口に含んだお肉とかの味が、やっとすき焼きの味に戻って来たよ。
「はい。お終い」
最後にご飯で卵をこそぎ落としてお口の中へ。
「んふっ」
嬉しいのか鼻から喜びの声が出た。前足の手を僕の腰にしがみ付かせ、鼻面を僕の胸に
「坊や。黙っていたらとうとう米まで食わせたか。チコ。暫くぶりのお米のご飯は美味いだろう」
「え?」
と僕。
「
その上人間様と同じ物が食える給食には、米の飯では無くてパンしか出ないからな」
「うわぁ」
乾いた声が咽喉から出た。
人間なのに犬として飼われているチコちゃんのような子を、人犬って呼ぶ。
僕も一応、犬になってお爺さんに飼われているから人犬だ。所詮ごっこ遊びだから嘘んこの人犬だけどね。
でもチコちゃんは、交通事故の賠償金を作るためお金と引き換えに人犬にされちゃった子。
つまりほんこの人犬なんだ。
嘘んこの人犬の僕は、毎日普通にご飯を食べて。おやつも食べてお小遣いも貰って。
だけどほんこの人犬のチコちゃんは、味のない直ぐお腹の空く餌しか食べさせて貰えない。
僕は何とも言えない悲しい気持ちに成っちゃって、目がじんわりとなっちゃって。
「へっへっへっ。へっへっへっ」
はぁはぁしながら舌でペロペロと僕の顔を。両のほっぺから目の下辺りを舐め回すチコちゃん。
あれ? いつの間にか僕は泣いていた。
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