第22話 お客様の手荷物

 お客様はお昼の少し前。普通は他所のおうちを訪問しない時間に遣って来た。

 灰色背広のおじさんが、大きなボストンバッグってカバンを二つ下げて遣って来た。


「土屋。貴様と直に会うのは何年振りかの。最初に電報を貰った時は驚いたぞ。まさかこちらに引っ越して来るとはな」


「貴様も元気で何よりだ。先の手紙に書いた通りだ。

 五輪以来すっかり世の中が変わってしまったのでな。長らく仔犬一匹得るのに難渋して来たが、最近伝手で出物を手に入れた」


 僕が居るから幾らでも誤魔化せる様に話していたお客さんは、一旦ここで話を区切り、


「この子は?」


 と僕に目を向け、この子は誰かとお爺さんに聞いた。


「孫の一人だ。人犬の話は知っておる。口は堅いぞ」


「孫か。飼っている仔犬なら借り受けようと思ったが、孫ではしょうがないな。

 口は堅いか。貴様がそう言うならば、隠語で話さずとも良いし見せても構わんか……」


 今ので土屋さんはほっとしたようだ。

 こうして二人は全く隠そうともせずに人犬の話を始めた。


「現代っ子は扱い難いだろう」


「まあな。昔の子とは違い過ぎて面食らって居る」


「で、どうなんだ?」


 お爺さんが尋ねると、


「うちのチコは漸く犬としての自覚が出来て来た所だ。

 まだ全然犬らしくなく、躾の方は少しばかり難渋している。

 だが、なんとか外にも出せるようにはなったので、学校へ通わせ始めた」


「国民学校で女も小学校を出よと言う世の中になって以来、昔のように家に四六時中留め置く訳にも行かぬからのう。それでチコとやらは」


「持って来た」


 お客様の土屋さんは言う。


「持って来た? 連れて来たんじゃなくて……」


 思わず上げた僕の声が、尻すぼみに小さくなる。


「ああ、持って来た。チコは犬だから物扱いだ。例えばお金を払っても、車掌は犬の分の切符は売ってくれない。手荷物として、膝の上か足元に置くことに成っているのは覚えておいた方がいい」


「そうなの? あはは」


 僕もわんちゃんとして運ばれる時は手荷物なんだろうか?

 苦笑いしながら土屋さんを見る。


「坊や。早く見たいかい?」


 そう言って土屋さんは、ボストンバッグの片方のチャックをゆっくりと開いて行く。


 見えて来たのはお尻の方。中に子供が入っている。ぐんとお尻が持ち上がって、バッグの外に突き出された。


 今にも破けそうなパツパツの黒いタイツ。粗いタイツの目から肌色が見える。なのにパンツが透けて見えないから、多分穿いておらず直に肌にタイツだけ穿いているのだろう。


 これって裸では無いけれど、肌にピッタリすぎるから影絵を見たらお尻丸出しの子に見えるよ。

 いやよく見るとお尻の付け根には、まるで幼稚園のお遊戯会の衣装のような短い尻尾が取り付けてる。

 中にバネでも入っているのだろう。尻尾はプルプルと震えていた。

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