第18話 物は言い様

「何にすんだよ!」


 怒った僕が怒鳴りつけると、


「痛ぁ!」


 もう一度鉛筆が突き刺さる。

 右の膝に二ヶ所も血が出ている場所がある。


「僕が何かしたのかよ」


 怒りながらも、理不尽と痛みに涙が湧いて出る。気が付くと僕はわんわん泣いていた。

 そんな僕を横目に、隣の子は不機嫌そうに「ふん」と言った感じでそっぽを向いてる。


柿崎かきざきぃ。朝っぱらから何泣いてんだよ」


 入って来たのは木村の奴だった。


「お前。まさか、女に泣かされたんか?」


 鼻で嗤う木村の後から、


「どうしたの?」


 と入って来たのは安倍さん。安倍さんは小走りに僕の所まで近付くと、


「どうしたの? 膝から血が出てるよ。保健室行こう」


 驚きの声を上げた。



「誰にやられたの? 鉛筆の芯が刺さっていたわ」


 傷口をアルコール消毒し、赤チンを塗ってくれた先生に訊かれた。

 女の子にやられたと言うのも恥ずかしいので、僕は鼻水をしゃくり上げながらかぶりを振る。


「二年生は、小学校で一番ケンカが多い学年なの。だけど大抵はどっちかが泣かされたらお終いだから、保健室に来なくちゃいけない怪我なんてめったなことであるものじゃないわ」


 まだヒクヒク言っている僕の頭を一撫でした保健室の先生は、付き添いの安倍さんの方を向く。


「連れて来てくれてありがとう。

 見た目ちっちゃい傷だとバカにしていると、そこからばい菌が入って破傷風はしょうふうとか敗血症はいけっしょうと言ってね。死んでしまう事もある病気になっちゃうこともあるのよ。

 先生からもそちらの先生に話しておくけれど、教室に戻ったら怪我をさせた子に物を持ってケンカしないよう注意しておいて頂戴」


「はい」


「その場を見て居た訳じゃないから、先生どちらが悪いのかは判らないわ。

 でもね。二年生の子は、後から考えたら自分でも下らないと思うようなことでケンカになる事が多いの。

 だから素手で喧嘩をしないと、絶対に怪我をさせた子も辛い思いをするに違いないわ」


 そう言って、保健室の先生はあの暴行女の為に注意するよう安倍さんに念を押したんだ。



 保健室を出て教室に戻る途中、安倍さんはハンカチを出して僕に突き出し、


「柿崎君。貸してあげる。水飲み場で顔を洗って行きましょう」


 と、僕の顔を覗き込んだ。


「うん……」


 確かに泣きべそのまま教室に帰るのは恥ずかしい。でも、なかなか涙は止まらない。

 そんな僕をじっと見て、


「偉いね」


 安倍さんはほっかりと笑顔になる。


「え? 女の子に泣かされたのに?」


 くすっと笑った安倍さんは、


「偉いよ。怪我させられても、女の子に手を上げなかったんだから」


 僕が思ってもみない事を口にする。


「物は……言い様だね」


「女の子を平気で叩く木村君なんかと違って、泣いてたってかっこいいよ」


「えへっ」


 そう言われると嬉しくなった。今ので涙が引っ込んじゃった。

 そうだよ。女の子とケンカして負けたんじゃなくて、相手が女の子だから僕は叩いたりしなかったんだ。



 顔を洗って教室に戻ると、朝の会が始まる所だった。


 高尾先生はあの暴行女を脇に立たせ、黒板に名前を書く。


――――

 とがし りか

――――


「富樫理香さんです。

 四月から皆さんと同じクラスでしたが、病気で今までお休みしていました。皆さん仲良くしてあげて下さい」


 転校生のように、暴行女を紹介する先生。

 席はやっぱり僕の隣だった。

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