第13話 初めてのお散歩

 お爺さんは僕の両手に、スキー遠足の時穿く様な分厚い毛糸の靴下を嵌め、両手のくるぶしの前後で軽く縛った。そしてその上から真新しいズック靴を履かせた。

 足にも同じズック靴を履かせ、首輪の後ろに鎖を確りと取り付けた。


「覚悟は良いな。これから散歩が終わるまでお前は犬だ。

 はいはわん! 悲鳴はきゃん! 甘える時や許してと言う時はくぅ~んと啼け。

 膝を着くな。後ろ足は爪先立ちだ。犬の歩き方から仕込んでやる。


 二本足で立つのを許さん。人間の言葉で話すのを許さん。逆らえば遠慮なく尻を叩く。

 人間様の様な泣き方をしたら、治るまで叩くぞ。


 どうだハヤト。出来るのか? 途中で止めることは許さんが、今なら止めても良いんだぞ」


「わん!」


 僕は良いよと吠えて答えた。


 お爺さんに抱っこされて庭に降り、お散歩が始まった。

 右手に僕の鎖。左手に杖代りの竹刀を握り、僕が入って来た林に出る。

 ここはお爺さんの土地だから誰も入って来ない筈。もしも出くわすとしたら、僕みたいに探検に来る子供だけだ。

 でも心配は要らない。最初の日。僕が首輪に繋がれた裸の子供を見たとしても。人に話しても作り話と思われそうな内容だ。嘘つきと言われたくないし、勝手に入った事を叱られるだろう。

 話したくても話せはしないと言うのが現実だ。


 四つ足で鎖に引かれてするお散歩は、ちょうど雑巾がけの様な感じ。足の方は平気だけれど手や腕が直ぐ疲れて来た。そんなに歩いていないのに身体は汗だくで息が切れる。


「初めだからな。慣れぬと直ぐにへばってしまうか。どれ、少し休むとしよう」


 頭を撫でてくれるお爺さん。


 こうして、ちょっと歩いては休みまた歩くを繰り返しているうちに、僕はほんとうにへとへとになって、動けなくなっちゃった。



 バシー! 竹刀が僕のすぐそばを叩いた。僕はびっくりして固まって仕舞う。


「ほう。肝がすわって居るな。今のでナナなんぞは小便を漏らしたもんだが。流石男の子だ」


 お爺さんは、竹刀の先で僕のお尻を突っ突きながら、


「さ。散歩の続きだ。早うせんか」


 と急かす。でももう、僕は限界。


「くんっ。くぅ~ん」


 降参し、許してと甘えた。


 お爺さんは苦笑いしながらこう言った。


「一つ教えて遣ろう。膝を身体に引きつけて、膝から先を大きく動かせ。

 陸上の選手でも無い限り、ももを大きく動かすのには慣れておらん」


「わふっ?」


「言葉が難しかったかな? 陸上の選手とは、かけっこの選手のことだ」


「わん!」


 判ったと返事をする。


 そう言えば普段、膝から上よりも膝から下の方を大きく動かしているね。


「四つ足で歩けと言われたら、普通は赤ん坊の這い這いを思い浮かべるものだ。

 まぁ畳や板の上ではそれでも良いが、それでも直ぐに膝がボロボロになる。

 しかし、土や砂利の上を這い這いで歩いたら、傷付いた膝からばい菌が入る。昔はそれで敗血症や破傷風に掛かって、膝から先を切断した奴もいる」


 怖い事を言うお爺さん。


「その点ハヤトは賢い。ちゃんと言われた通り膝を着けずに歩いておる」


「へっへっへっへっ」


 誉められると何だか嬉しい。


「しかし、今までの歩き方だと直ぐに太股がぱんぱんになる。普段使っておらぬ筋肉だからな。

 膝から先は、普段歩いて鍛えられておるからのう」


「うー!」


 そんなの早く教えてよ。と唸ると、


「はっはっは。膝歩きとちごうて、疲れるだけで怪我や病気の危険は無い。だからへばるまで黙っておったのだ。言って聞かせるより性根に入るだろう」


 お爺さんは目を細めてそう言った。


「うー!」


 不満な僕が唇を尖らせると、


「これでも優しい内だぞ。お前は先代のハヤトやナナ達と違って、あがのうた訳でも無いからの」


 と愉快そうに笑った。

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