第12話 古い写真

「ねぇ良いでしょ? 昨日二度目の注射も終わったし」


 そう言いながら今日もアドの散歩の後、いつものように服を脱ぐ。すっぽんぽんになって、本物の僕の鑑札の付いた首輪を着ける。そして後ろの金属の輪っかにじゃらりとした鎖を付けて、両手で持ってお爺さんに差し出した。


「駄目だ。別にわんちゃんして無くても良いが、最低の予防注射を受けなければ、炭小屋たんごやを使わせる訳には行かん」


 理由は判る。破傷風って怖い病気に罹るかも知れないからだ。


「お前にナナの轍を踏ませる訳には行かんからな」


 顔のしわをもっともっと深くさせてお爺さんは言う。


「そのナナって子どうしたの?」


「わしが連れて来た浮浪児でな。犬を可愛がるわしを見て犬になった子だ。

 当時は農家でも無かったら、たらふく米の飯が食えぬ時代でな。わしが飼い犬に食わせていた餌を見て、犬に成りたいと言って来たのだ。

 写真、残っておるが見てみるか?」


「うん!」


 ポケット図鑑サイズの写真アルバムに、普通の写真の四分の一の大きさの白黒写真。

 誰が撮ったのだろうか? 椅子に腰かけた若い頃のお爺さんの足元に、鎖で繋がれた首輪を着けて四つん這いのおかっぱの子。


 変わったズボンを穿いている。

 舌を垂らして犬のお座りしている写真と、お皿に盛られた汁掛けご飯を犬食いで食べて居る写真。

 若い頃のお爺さんの膝に腹這いに抱っこされている写真。

 見開きのページには、写真が四枚糊で貼られていた。


「服を着てるね」


「めくって見ろ。裸の写真もちゃんとあるわ」


「裸じゃないよ。何か下に穿いてるよ」


 ページをめくると、やせっぽっちで寸胴の身体。今にも泣き出しそうなおかっぱの子。

 確かに上は裸だけれど、下はおへそまで隠すぶかぶかのブルマみたいな物を穿いている。


「そりゃ女の子だからな。後ろに男の子の写真もあるがちゃんと下帯したおびは締めておるぞ」


 頁をめくって行くと。居た!

 裸に首輪と褌姿で四つん這い。鼻の頭を黒く塗って坊主頭の、僕より少しお兄ちゃんの写真だ。

 四つん這いだけど、こちらは丁度雑巾がけのように、膝を着けず爪先で歩いてる。


「この頃の褌は、今で言えば海水パンツを穿いているようなもんだ。

 一口に裸と言っても、お前みたいに好んですっぽんぽんの奴は珍しい」


「そうなんだ」


「ナナなんぞはズロース一枚にされて『もうお嫁にいけない』と泣いたもんだ」


 笑いながら。お爺さんは褌の男の子を指差し、


「クロも下帯を外させた時は、情けない顔をしたもんだぞ」


 と言った。


「ナナもクロも。ここを出て行く所も喰うままの当ても無かったから、仕方なしに遣っていたクチだ。

 しかしお前は好き好んでやっておるし、言い付けもせんのに勝手に裸になっておるのう。

 どうせズボラ半分イタズラ半分だとは思うが、わしの為に健気にも犬畜生に成り切ろうとしているようにも見える。

 ナナにもクロにも言った事だが、嫌なら遣らずとも良い。ただ、わしに可愛がられたいのなら犬に成りきって貰う」


 そうお爺さんは言う。


「あれ?」


「なんだ?」


 ちょっとした疑問をお爺さんに聞いた。


「僕はすっぽんぽんで居ることにしたけれど。別に服を着てても良いんでしょ?

 じゃあなんで裸にしたの? 今の話だとすっぽんぽんにもしたんだよね」


「犬として可愛がるのに、服を着てては出来ないことがあったからだ」


 お爺さんの降参の命令に従うと、僕のお腹を撫でながら


「例えばこうしてへそを丸出しにしておかねば、腹を撫でても手触りを楽しめん」


 と呟いた。


 冷たい指先と掌の温もりをお腹に感じ、なんだかとっても安心する。


「ハヤトは本当の犬のような顔をするなぁ。二度目の注射も終わったし、命じてもおらんのにすっぽんぽんのはだかんぼだ。

 お前さえ良ければ、林の中を軽く散歩に行かないか?」


 僕のお腹を撫でながらお爺さんは言った。

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