第11話 貯金通帳

 郵便局。

 切手やはがきを買ったり、速達とか特別なお手紙を出しに行く所だ。


 お爺さんに手を引かれて中に入ると、黒い布を腕に着けたおじさんやお姉さんが窓口に居る。


「新規を頼む。この子の通帳だ」


 おじさんは出した書類を見て、


「お孫さん……では、無いようですね」


「わしも歳故、毎日は辛くなったんでな。うちのアドの散歩のアルバイトに来て貰う事に為った」


 その言葉に首を傾げる窓口のおじさん。


「アルバイト……ですか?」


 判る。だって僕は小学生のお兄ちゃんとは言っても、まだまだ小さい子供だもん。


「親と一緒でなければ、新聞配達をすることも出来ない歳でしょう」


 そう言う窓口のおじさんに、お爺さんは言う。


「歳は関係ない。アドの散歩をきちんと遣って貰う以上、金を払うのは当たり前だ。

 逆に金を受け取らん奴など信用できん。報酬も無く、勤労奉仕や好意でやる仕事など、何れ狎れていい加減になる。責任を持ってやらせる為に金を払うのは当然だ。

 尤も、こんな小さな子供に毎日と言うのはわしも期待はしておらん。きちんとやった日だけ一日百円払うことにした。

 今は高校。出来れば大学と上の学校へやる時代だ。今の内から自分で学資を貯めるのも悪く無かろう。飽きて辞めるまでは、ずっとやって貰う予定だぞ。

 とは言え、子供に余分な金を持たせて碌なことに成らん。それでこの子の通帳に入れることにした。

 これは先月の分だ」


 そう言ってお爺さんは、最初の貯金の為に伊藤博文を二枚と板垣退助を三枚出した。


 ぱちりと瞬きをした窓口のおじさんは、


「ぼうや。きちんと毎日お仕事をしたんだね」


 感心したように窓口のおじさんが言った。


「一万円貯まる毎に、そちらで半年定期に移して貰いたい。十年はそのまま据え置けるのだったな」


「はい。何もしなくとも自動継続に成ります」


「それで、この判子だが。そちらに預かって貰う事は出来るか? この子に管理させるのは早過ぎるし、わしも歳だからいつぽっくり行くかも知れん。

 もしもの時はこの子が中学を卒業するまで管理してやっておくれ」


 そう言って、通帳を作った木の判子を窓口のおじさんに手渡す。


「解りました」


 本当はいけないんだけれど。当時は小さな郵便局に来る人の殆どが顔見知りであったから出来た事だ。


 こうして戻って来ると、


「あ! お爺ちゃん! NHK」


 毎日見ている子供番組と、おやつの時間だった。



「犬をするのが嫌な時は裸になるな。ずっとしなくてもかまわんぞ」


 お爺さんにそう言われているけれど。

 僕はわんちゃんのほうが構って貰えるからはだかんぼになる。


「お前はそれでいいのか?」


 お爺さんが聞く。


「え?」


「アドの子分になって腹を見せているが、それでいいのかと聞いておる」


「だって、アドの方が先にここのわんちゃんになったんでしょ?」


「いや。良く怖くないなと聞いておる」


「最初は怖かったけどね」


 アドは降参した僕に、お股や首筋を舐めて来たり、痛くない程度に咬んで来るけれど、絶対本気で咬んだりしない。

 四つん這いになると同じようにお尻を咬んで来たり上に圧し掛かって来たりするけれど、あれもこれも自分の方が偉いって言ってるだけだ。


「僕が『くん、くぅ~ん』って啼いたら。直ぐに止めてくれるなんて、いじめっ子達よりずっと優しいよ」


 アドもお爺さんも、嫌なことは直ぐ止めてくれる。だから僕、安心してわんちゃんやって居られるんだ。

 だから鎖に繋がれても、檻の中に入れられも平気だよ。だって時間が来たらおうちに帰れるってはっきり判ってもん。時間が来なくたって、嫌になったら檻から出して貰えるし、鎖も外して貰えるんだもん。


 そして。

 何よりアドもお爺ちゃんも、お父さんやお母さんより僕と遊んでくれるんだもん。


 次の次の日。

 僕の為に作られた真新しい犬の鑑札が届いて、僕はお爺ちゃんのわんちゃんになった。

 身代りを立てての物だけど、役場が正式に認めたわんちゃんになった。

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