第10話 犬に成る為の注射
お爺さんのお
アドの散歩に行って帰ってると、はだかんぼになって首輪を着けてわんちゃんになる。そしてほとんどの時間、お爺ちゃんのお膝の上に腹這いに成って抱かれ、お爺ちゃんの手からおやつを食べて背中とかを撫でられながらテレビを見て過ごす。
この頃はテレビが娯楽の王様で、NHKの人気幼児番組を四年生くらいまで見ていたし、小学生の内はロバくんの出る朝の民放の子供番組を見るのが極普通だったんだよ。
こうして、帰る間際に成ってお風呂をご馳走して貰う毎日が続いた。
そして月が替わった頃。
いつも通りお散歩に行こうとすると、
「ハヤト。今日は散歩は無しだ。
知り合いのお医者に頼んでおいたお前の予防注射と、馬医者に頼んでおいたハヤトの身代りの準備が整った。注射の金が出せない家の子だったから、向うはたいそう喜んでおったぞ。
これからお前の注射だ。狂犬病の注射とか破傷風の注射とか、針を刺されまくるが覚悟はいいな?」
「う、うん」
「嫌ならずっと
「えー!」
「予防注射無しであそこを使わせて、病気になられたらわしが困る」
それは最初の約束だった。
往診に来たお医者様は、お爺さんと同じ位の歳の人。お爺さんの戦友って人らしい。
「貴様も物好きだな。また仔犬を飼う気か? ナナの時の反省はしてるようだが……」
ナナって誰? いったい何があったんだろう?
そう思って聞いているとお医者様は、
「いいか。今は時代が違う。終戦当時なら問題無かったが、今は色々煩くなっているぞ。
その子の親に話は通しているんだろうな」
「ああ。承知している。これが承諾書だ」
目を通したお医者様は、難しい顔をしてこう言った。
「アドの散歩のアルバイト名目か。だがな、一日十円ってこの子の小遣いが倍になったようなものだぞ」
「実際には百円だがな」
「おい!」
お医者様が怒鳴った。
この頃はまだ、子供に余計なお金を持たせることが忌避されていた時代だった。
「勿論、差額はわしが預かって預金しておく。
昨今は金の卵と言われるくらい中卒で就職する奴が少なくなって来たからな。親もそのために母親まで働きに出ている。
それでこの子が上の学校に行く時、本だのなんだのを買う足しにさせる積りだ」
「そうか。なら良いんだが……。今度はしくじるなよ」
お医者様はそう言って、
「今日の注射は三本だ。今日は風呂には入るなよ」
「心配するな。既に湯を使わせて、着替えさせておる」
僕は台の上でパンツを降ろされ、お爺さんに押さえつけられた。
剥き出しのお尻に脱脂綿。アルコールの匂いと共にひんやりとする。
刺さる針。入る薬。それが三回。
「ぐすん」
「男が注射位で泣くな!」
「だってぇ~」
お医者様は小児科じゃないからちょっと手荒い。
おまけに僕がわんちゃんになるとか人に話せない事なので、看護婦さんも連れて来てなくて。
看護婦さんよりずっと注射が下手だって言うお医者様がやっている。
お注射が終わって、
「さ。これから郵便局へ行くぞ」
パンツを上げた僕にお爺さんが言った。
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