第09話 首輪を着けて

 甘えれば構って貰える。とってもそれは嬉しかった。

 学校に上がってからもうお兄ちゃんなんだからと、おんぶも抱っこもして貰えなくなり。給食が始まるとお母さんもお仕事に行くようになって、晩御飯までお留守番。

 なのにここでは。


「ほれ。着せてやるからここに座れ」


「まだいい。暑いもん」


「しょうの無い奴だな」


 だけどここなら甘えられる。うんとうんと甘えられる。


「裸のままなら、本当に犬にしてしまうぞ」


「お爺ちゃんのわんちゃんになっても、僕は人間の子供のまんまなんでしょ?」


「それはそうだが。お前が服を着る気になるまで。檻に入れるぞ、鎖で繋ぐぞ」


「いいよ。可愛がってくれるんでしょ?」


 そう言うと、お爺さんの右手が僕の前髪を梳いた。


「お爺ちゃん」


「なんだ?」


「首輪付けてよ」


「坊主は、本気で犬になる積りか?」


「うん」


「しょうがない奴だな」


 お爺さんは笑うとアドを床に置いて、僕にハヤトの首輪を着けてくれた。


「ハヤト」


「わん!」


「そこまで言うのなら。うちに来て犬になる時は、こうしてはだかんぼで四つ足で居ろ。

 犬で居るのが嫌になったらちゃんと服を着るんだぞ。いいな?」


「わん!」


「アドは服を着て居る時、人間様のお前の子分みたいなものだが、こうしてはだかんぼの時は、お前がアドの子分だ。言う事を聞かないと噛まれるぞ。怪我をせん程度にはな」


「どうすればいいの?」


 と僕が聞くと。


「さっきみたいに降参して腹を見せろ。その後で四つん這いで伏せて居ろ。上に覆いかぶさって来るが、それは自分が偉いと主張しておるだけだ。

 ほれ。やってみろ」


「わん!」


 僕はアドの目の前でさっきと同じ格好をした。寄って来たアドがペロペロと僕を舐める。お顔がちょっとくすぐったい。

 一旦アドが離れた所で、言われた通り四つん這いに成った。


「へっへっへっへっ」


 またアドが寄って来る。二本足で立って居た時には気付かなかったけれど、こうしてわんちゃんになってみるとアドって結構大きな犬だ。

 あ。後ろにアドが遣って来て、僕のお尻に顔を突っ込んで、くんくん匂いを嗅いでいる。そして背中に覆いかぶさった。

 おんぶをせがむ子供のように僕の背中に乗っている。重くはないけどちょっと怖い。

 アドはそこで腰を前後に振り始めた。


 あれ? お股に何か固いものが当たる。


「ははは」


 お爺さんが笑った。


「アドや。ハヤトは男の子だぞ。ハヤトも男の子で良かったの。女の子だったらお嫁さんにされておったぞ」


 お嫁さんって、


「お爺ちゃん。僕、男の子だよ」


 むっとして僕が言うと、


「アド。いつまでやっておる」


 と引き剥がしてくれた。


 お爺ちゃんは僕とアドの二匹を並べ。


「お手」


「お代わり」


 僕達に犬の芸をさせる。


「ちんちん」


 アドは後ろ足を大きく開いてバランスを取ってる。僕もアドの仕草を真似て同じようにする。


「いい仔だ」


 お爺さんは先ずアドを褒めて咽喉を撫でた。そして僕にも、


「ハヤトもだ」


 同じように撫でてくれた。


 学校に上がってから、頭を撫でて貰えることも、抱っこして貰う事も殆ど無く成っちゃった。

 だけどここなら、わんちゃんになりさえすればうんとうんと甘えられる。

 赤ちゃんみたいにお風呂で洗って貰って、ちっちゃい子みたいにおんぶも抱っこもして貰える。


 だから僕はわんちゃんになった。

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