第08話 僕犬だもん

 勝手口の外。はなれと言うには近すぎる所に。脱衣所と玉石を敷き詰めたお風呂場がある。

 どかっと壁際にコンクリートに埋まったドラム缶が大小二つ。

 お爺さんのおうちのお風呂は、お爺ちゃんの手作りなんだそうだ。

 見れば解る。下の釜で火を燃やし、お鍋を火に掛けるようにお風呂を沸かす仕組みだ。


 ドラム缶のお風呂には、大きな丸い蓋が浮いていた。


「これ。なあに?」


 僕が蓋を指差すと、


「四斗樽の蓋を、周り二寸ばかり削ったものだ。

 ハヤト。入り方は判るか?」


 僕は少し考えて。


「あ! 弥二さん喜多さんだね」


「そうだ。下駄で底を踏み抜くなよ」


「そんなことしないよ僕」


 笑いながら服を脱ぐと。


「待っておれ。ハヤトでも入れるようにして遣ろう」


 お爺さんは、縄で結わえた漬物石を蓋の上に置いて沈めてくれた。


「石鹸で身体を洗ってから入れよ。一人で出来るか?」


「うーん」


 いつもはお母さんと入ってして貰って居る。


「判った。世話をして遣るのも飼い主の務めだ」


 肩からお湯を掛けてくれたお爺さんが、タオルではなく手で石鹸を泡立てている。

 耳の後ろ・首回り。肩・背中・胸を揉むように。お爺さんは汗を掻くからと脇の下を念入りに擦った。

 そしてお尻・お股を念入りに。


「ここも汚れるでな」


 脚の付け根やお股の前と後ろ。お爺さんの指が皺の奥の汚れを掻き出すようにぐりぐりする。


「こら暴れるでない。ここが一番汚れるのだぞ」


「だって。くすぐったいよ」


「我慢しろ。うんちのカスが付いた状態で湯船には入れんぞ」


「お爺ちゃん。おしっこしていい?」


 けっこう溜まっているんだろう。急におしっこがしたくなった。


 おしっこをした後を水で洗い流すと、太股・足。そして最後に足の裏。

 頭からお湯を掛けられて乾いたタオルで髪の毛を軽く拭かれた。


「よし入れ」


「うん」


 大人用だからそんなにしゃがまなくても、肩まで楽に浸かれちゃう。

 お湯はちょっと熱めだけれど、銭湯の男湯よりも温めのお風呂。これなら入って居られるよ。

 僕ね。男の子だからほんとは男湯入りたいんだけれど、男湯ってどうしてあんなに熱いのかな? だから仕方なしにお母さんに連れて行って貰ってる。

 偶にお父さんに連れて行って貰うと、熱いから水で薄めようとするんだけれど、毎回お爺さん達に叱られちゃう。仕方ないから中には入らず、水で薄めたお湯だけ被って済ませてるんだ。

お爺さん達、なんであれが平気なんだろう? 


 上がる前。

 肩まで浸かって温まって、百まで数えろと言うお爺さん。

 僕も入れる熱さだけど、そんなに入ったら頭くらくら。


 なので、湯上げタオルで拭いて貰った後は、暑くてふらふらで茶の間の床に仰向けで寝転んだ。

 喉が渇いて口を開け、舌を出してはぁはぁしていると。


「まだ服を着ていないのか」


 お爺さんがお風呂から戻って来た。左腕にアドを抱っこしている。


「だって。暑いんだもん」


「あんまり変な格好をするな。まるで犬の降参だぞ」


 確かに。舌を出してはぁはぁしてる姿はまんまそれだ。

 暑いから足も大きく広げている。


「変じゃないよ。僕、お爺ちゃんのわんちゃんでしょ?」


 広げたままの足を持ち上げて、両手を胸に引き付ける。


「判った判った」


 左腕にアドを抱いたお爺さんの、右の掌がお腹を回す様に撫でると、僕はおどけて


「わん!」


 と啼いた。

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