第07話 散歩道

 次の日。

 言われた通り、肌着と服の着替え一式を持ってお爺ちゃんのおうちにやって来た。


「坊主。約束通り散歩を頼むぞ」


「うん!」


「その間に風呂を立て遣る」


「お風呂? お爺ちゃんにお風呂があるの?」


「ああ。ドラム缶を利用した風呂だ。シャワーは無いがな。

 その代わり陸湯おかゆも一緒に沸かすようにはしてある」


 僕が小学二年生だったこの頃。殆どの家では内湯うちゆが無く、近所の銭湯を利用するのが殆どだった。

 お風呂お風呂とうきうきしながら。着替えを置いてアドのお散歩。


「鎖を持って、アドが引く方について行けば良い。

 うちの犬ではハヤトの先輩なのだから、引き摺ってはいかんぞ」


「うん!」


 こうして、引っ張られるままについて行く。


 お爺さんの持ち物だと言う雑木林を抜けて、大きな道に出る。僕が入って来た場所とは別の場所だ。

 畑やリンゴの樹の横を抜けると、僕が学校に通う道に出た。


 この道を山側に行けば僕の学校。下に降って行けば田んぼがあって、顔が洗えるくらい綺麗な川が流れている。

 その傍にお寺さんがあって、木工場があって、さらに降るとパチンコ屋さん。その斜向かいに沢山のお店が入っている佐藤商店がある。

 付近は十字街と呼ばれ、食堂や銀行や本屋さん。自動車整備工場や鍛冶屋さんでもある金物屋さん。

 そしてガソリンスタンドにお風呂屋さんがある。


「博也君。お手伝いかい?」


「うん」


 顔見知りのお餅屋さんのおじさんが声を掛けた。

 お店の前には、心魅かれる三十円の綿あめの自動販売機。


「ほら。器械に付いた奴だが」


 おじさんが、割りばしで機械に付いたざらざらした綿あめのの残りをこそげ取って僕にくれた。


「いいの?」


「その代わり、勝手に取っちゃ駄目だぞ。不衛生だからね」


「うん」


「ところで、どこの犬だい?」


「安達さんの」


「へー。安達のご隠居さんのかい。よく見ればアドじゃないか?」


「知ってるの?」


「結構うちの前も通って行くよ。お利口な犬だから危なくは無いんだが、最近保健所が煩くてね。

 ご隠居さんに頼まれたのかい?」


「うん」


 こんな話をしている間も、アドは気まぐれにあっちこっちに寄り道する。

 街路樹の根元の草に伏せてみたり、ガードレールに身体を擦り付けて見たり。


「国道は車が多いから気を付けなよ」


「うん」


 僕はアドに引っ張られて付いて行く。


「えーと」


 ここどこだろう? パチンコ屋とお風呂屋さんの間の道を入って……。

 僕が何度か連れて来られたことのある骨接ぎ屋さんのとこの手前。

 コンクリートの建物と建物の狭い間を通り抜けて。


「博也君。どこから出て来るんだ?」


「あれ?」


 お餅屋さんの所に出た。


 住んでる街なのに、初めて知ったよ。


「わんわん! わんわん!」


 鎖を引っ張るアド。


「おじさん。じゃあまた!」


 アドと僕はお散歩を続ける。


 それにしても、アドは狭い道が大好きだ。

 子供の僕でも通り抜けるのがやっとの所を構わず行く。


「ちょ、そんなとこ僕通れないよ」


 強く鎖を引く事三回。やっとの事で河の上を走る管みたいな所は勘弁して貰った。


 草原くさはらの中や土管の中。繁みを突っ切り鉄条網を潜り。

 途中何度もここはどこ? ってなりながらもアドに案内されてお爺さんのお家うちに戻って来た。


「案の定、泥だらけ砂だらけ草だらけだな」


 はははと黄門さまみたいに笑うお爺さん。


「さ。服を脱げ。風呂が沸いておるぞ」


 昨日の縁側の所でお爺さんは言った。

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