第06話 甘い鎖

 また最初みたいな怖いお爺さんの顔。


「わしの言う事を聞くはだな。

 坊主の為に言い付ける事を守れ。勝手ややんちゃは許さんと言う事だ。

 

例えばわがままで逆らったり口答えしたり、花壇の花を千切ったり柿の木に上って枝を折ったり、盆栽の鉢を割ったりしたら、お仕置するぞ。


 わしは昔の人間なのでな。拳骨も落とすし縛り上げる。尻も叩くしお灸もすえる。

 嫌ならいたずらせん事だな」


「う、うん」


「わしの言い付けを守れるか?」


「うん」


 約束すると。


「男に二言は無いな?」


 と念を押された。再びうんと答えると、怖い顔じゃ無くなったお爺さんが話の続き。


「ならばわしの犬になる手続きをして遣ろう。

 先ずは、坊主の安全の為だ。ここを使うんなら予防注射を受けに行くぞ」


「え? 注射ぁ~」


「狂犬病は人間にも感染うつるし、ここで寝転んだりしたら擦り剥き傷からばい菌が入る。

 破傷風と言ってな。わしの戦友も、掠り傷から入り込んだばい菌で死んだ者がおる。

 対してアメリカはこれを義務付けたから破傷風で死ぬ奴が少なかったと聞く。

 今は良い薬もあるが、せんで良い苦労はせんで良い。発作で舌を噛んだり何日も入院するのは御免だろう?」


「う……ん」


「一度では効き目が無いから二度三度と注射せねばならんが、わしの犬に成ると言うなら、受けて貰う。

 きちんと飼い犬に予防注射させるのは飼い主の義務だし、元々畜犬の鑑札は予防注射を受けた証明だ」


「……うん。判った」


 ここを使うためにはお爺ちゃんのわんちゃんに成らなきゃいけないし、わんちゃんとして登録する為には予防注射をしなきゃいけない。

 それにお爺ちゃんは、ここは不衛生だから注射し無いと病気に成るぞと言われたら返す言葉がないもん。


「予防注射が終わるまで一月は掛かる。それまでは不本意でも座敷犬だ。

 靴を脱いでそこの縁側から勝手に入って来い。勝手に家の物に触るなよ」


 お爺さんは小屋を出ると、檻の小屋に面したおうちに歩いて行った。

 庇の突き出た縁側に登った時、おうちの中から柱時計の鉦が三つ鳴った。


 わざわざ僕の為にテレビを点けてくれるお爺さん。

 NHKだ。三つぐらいの頃から毎日見てる番組だけど、今日はお山のお寺のイタズラ小坊主のお話。

 お酒のコマーシャルの河童の国な絵を背景に、タッカタッカとスキップのリズムに乗って番組が始まる。


「トモエさん凄いや!」


 はしゃいで見ていると。お爺さんに話しかけられた。


「坊主。いやハヤトでいいか?」


「うん!」


 ハヤトって名前はかっこいい。寧ろ博也ひろやよりこっちで呼んで。


「ではハヤト。犬に餌を遣るのは飼い主の責任だ。蒸かしたイモくらいしか無いが、嫌いか?」


 おやつでおイモなら悪くない。

 そりゃあ牛乳も菓子パンも好きだけど、そんなに種類がある訳でも無いし、何よりおやつ代の五十円が浮く。

 それだけあったら……。チューインガムが十円で、チョコ三十円。アイスキャンディーが十円でカップのアイスクリームが二十円。

 だって。おやつとは別に貰ってる僕のお小遣い。一日十円なんだよ。


 いつの間にか僕はにやけていた。


「近頃の子供は、ガムやらチョコレートやらビスケットなど、ハイカラな物を好むと聞いたが。

 そんなにイモが大好きか」


 胡坐を掻いておイモを食べるお爺さんに聞かれて、


「うーん」


 僕は気拙くて、


「ねぇお爺ちゃん」


「ん?」


「お膝座ってもいい?」


「好きにしろ」


「えへへ」


 笑って僕は誤魔化した。


 どうせおうちに居ても誰も居ないんだ。

 次の日から、学校から帰ってランドセルを置くと、お爺ちゃんのおうちに通うようになった。

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