第04話 犬に成るか?

「そんなに可愛がっていたの?」


「ああ」


「それじゃ僕。新しいハヤトになってあげる」


 ベルトの様なハヤトの首輪の留め具を解いて首に付ける。少し擦れるけれど、丁度良い所に止め穴があった。

 首だけ背伸びするようにして少し首輪を緩め、手で位置を直す。


「お爺ちゃん。ハヤトだよ」


 苦笑いするお爺さん


「わんわん! わんわん!」


 甲高い声で吠えてみる。

 チラリと見るとやっぱり苦笑い。


 僕は床に手を付いて四つん這いになり、


「くん、くぅ~ん」


 這い寄ってお爺さんの脚に身体を擦り付ける。


 駄目か。やっぱりお爺さんは苦笑い。ふとアドに目をやって、そうかと僕は気が付いた。

 わんちゃんってお洋服を着てないよね。


 パンツと一緒に半ズボンを下ろすと、


「馬鹿もん!」


 お爺さんが雷を落とした。


「坊主はいったい何をしておるんだ?」


「だって、わんちゃんは立って歩かないでしょ?」


「そこじゃない」


「あ、アドはお洋服着て無いから」


 ふうとため息を吐いたお爺さんは、


「そんなに犬に成りたいと言うのなら、役場に坊主を犬として届けるぞ」


 と僕に言った。


「そんなこと、出来るの?」


「ああ。大した事は無い。予防注射の証明さえあれば鑑札は降りる」


 言われて急に怖くなった。そんなに簡単に出来ちゃうんだ。


「い、いい」


「はっはっはっはっ」


 血相を変えた僕を見て、お爺さんはテレビの黄門様みたいに大笑い。


「坊主には学校もうちもあるだろう。浮浪児を拾って来るような訳には行かんよ」


「浮浪児?」


「今は居なくなったが終戦直後には沢山居た。

 空襲で家を焼かれ、親兄弟がみんな死んで外で生活していた子供達がおったんだ」


 それを聞いて、


「あ、パンチやタッチやブンみたいなの?」


 僕はうんと前に終わったテレビマンガを思い出した。


「パンチがどんなものかは知らないが。

 チャリンコやカッパライをしなければ野垂れ死ぬような子供を住まわせるのと、尋常科に通う他所様の子供を連れて来るのは訳が違う。

 前のは功徳を積むことに成ろうが、後のは誘拐犯だ」


 カッパライは判るけど、チャリンコってなんだろう?

 そんな事を考えていると。お爺さんは僕を起こし、パンツや半ズボンを直してくれた後、


「猫に通い猫と言うものがあるだろう。世の中には一匹ぐらい通い犬や人間の姿をした犬が居たって構やせんだろう。

 好きな時に来て好きに使え」


 と言ってくれた。

「ほんと!」


「ああ。二言は無い。おうちの人に心配掛けない時間に、やって来て帰れ。

 但し、アドと扱いは変わらんぞ。茶漬けや汁掛け飯くらいは出してやるが、間違ってもチョコレートなんぞ出さぬからな」


「お爺ちゃん! 僕、そんなにずうずうしくないよ」


「あー。銭が惜しくて言ってるのではないぞ。犬にチョコレートとかは毒なのだ。

 くれてやったはいいが、勝手にお裾分けされてアドが死ぬ目に遭うのは御免被る」


 え? 食べさせちゃ駄目なものがあるの?


「お爺ちゃん……チーズは。チーズは大丈夫なの?」


 僕、勝手にあげちゃったよ。

 この時、動転していたから気が付かなかったけれど。後で聞くと僕は頻りに、


「アド死んじゃうの? アド大丈夫?」


 とぶつぶつ言っていたらしい。

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