第02話 いっそ犬に成りたい

「T小学校二年の柿崎かきざき博也ひろやくんか」


 名札を読み上げるお爺さん。

 今と違ってこの頃は、小学生は学校の名札を付けていた。

 この頃は、たとえ子供が野球で窓ガラスを割っちゃっても、ごめんなさいすれば親も呼ばれずに済んだ時代だったから、僕は素直に


「ごめんなさい」


 と謝った。


 お爺さんは笑いながら、


「ここは、広いが犬小屋だぞ」


「犬小屋?」


 それにしては随分と広くて大きな建物だ。そう思いキョトンとしていると、


「そうだ。昔は薪小屋や炭小屋たんごやに使っておったが、

 一昨年からストーブを石油に切り替えてな。今はアドの家だ」


 と教えてくれた。炭小屋って冬に焚く石炭を入れておくための小屋だ。


「いいなぁ~。これ、全部この仔が使ってるの?」


 広さだけならおうち二間ふたまよりも広い。同じ位ある金網部分も入れたら、僕んと変わらない広さだ。


「わしも年だから、毎日散歩に連れて行ってやれんからな。その分広くしておるのだ」


 でも羨ましい。


「わんわん!」


 アドがお膝に跳び付いて甘えると、お爺さんは屈んでアドを抱き上げる。


「いいなぁ~」


 僕も幼稚園や一年生の夏休み前までは、良く抱っこして貰ったもんけれど。二学期に成ってから全然して貰えない。

 あんまり僕が羨ましがったせいか。お爺さん、アドを降ろすと


「抱いて欲しいのか?」


 と聞いて来た。僕が大金声で、


「うん!」


 と言って両手をお爺さんの首に伸ばすと、そのまま僕を抱き上げてくれた。

 ぐんと一気に持ち上がり、一瞬ふわっと浮かぶこの感じ。


「えへっ」


 思わず緩む僕の顔。


「全く。尋常科にもなって、赤ちゃんみたいだな」


 尋常科が何の事だか判らないけど、赤ちゃんは無いよ。


「赤ちゃんじゃないもん」


「こんな風に抱っこされるのは、赤ちゃんだ」


「違うよ。僕赤ちゃんじゃないよ」


 お爺さんが、あんまり赤ちゃん赤ちゃん言うもんだから、僕本当にむかついた。

 だからつい、


「じゃあ。何だ? 赤ちゃんの他に居るとでも言うのか」


「アドだって同じに抱っこされてるもん!」


「アドは犬だぞ。坊主は犬なのか」


 揶揄からかうように言うお爺さんと売り言葉に買い言葉。


「赤ちゃん言われるくらいなら、僕わんちゃんの方がいい!」


 今にして思えばこの時。

 学校上がってもうお兄ちゃんだから確りしなさいとか。幼稚園とは違うからと言われて、お勉強もお手伝いもして当たり前。前に比べて褒められることが少なくなって、色々不満を溜め込んでいたのかも知れない。


「頑張って百点取っても、パパもママも褒めてくれない。

 パパは遅くまでお仕事だし、ママだってお仕事始めていつもお留守。

 それもこれも、みーんな僕の為だって言うけれど。お家帰っても誰も居ない。


 幼稚園の頃みたいにおやつ作ってくれなくて、菓子パンと牛乳の五十円玉が置いてあるだけ。

 ずっと抱っこして貰ってないし、ロバくんと握手も連れて行って貰えなかったもん。


 抱っこして貰えるなら僕、わんちゃんと同じでいい」

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