第5話 宝石のかけら

 もとの景色けしきに戻った。

 ノーシスという幻の世界は、夢かとうたがうくらいすっかり消えている。

 建物が壊れていない。怪物かいぶつのいた場所が、ピュアからは見えなくなった。

 その方向から、ピンクの小さなものが飛んでくる。

 胸の前で静止したのは、宝石ほうせきのかけら。小指の爪より小さい。ピュアは、心をうばわれたかのように見つめていた。


 空中に浮かぶ桃色へと手がのびた。

「これって、ひょっとして」

『ボクだね。なんだかひさしぶり』

 移動ポケットの飾りから、気の抜けるような声が響く。かけらは宝石ほうせきの一部らしい。

「シュー。どうする?」

『すこし記憶が戻ったよ』

 桃色の宝石ほうせきは、砕けたことを思いだしていた。ただ、その前後の記憶はあやふやなまま。

「くっつけてないのに?」

 まだ桃色の服のままの少女が、かけらを宝石ほうせきに押しつける。反応はない。

『近くにあればいいよ』

 周りの人たちが意識いしきを取り戻しつつある。ピュアのほっとした顔が、なぜかゆがむ。可愛かわいらしい服装でもじもじしはじめ、むねの前で両手を組んだ。

「あー。バレちゃう。恥ずかしい」

『じゃあ、もとに戻るときは隠れたら?』

 聞こえる距離きょりにいるはずのメグミは、声に反応しない。

「そうする」

『といっても、力がないと姿も声もはっきりニンシキできないよ』

変身へんしんできることが知られたら、大騒おおさわぎになっちゃうよ」

 ピュアは顔を赤らめ、困り顔で心配していた。

 そそくさと離れて、こっそり元に戻る少女。おかっぱよりも長めの髪と制服のスカートをらしながら、かけらをかばんに入れた。

 喋る宝石ほうせきは、まるいケースに入ったまま握られた。手鏡の飾りのように見えなくもない。

 かけらを集めればシューの記憶が戻る。事実を受け止めたマユが、嬉しそうな顔を見せた。


 ノーシスでは破壊はかいされていた建物の近く。もちろん、現実げんじつでは健在けんざい

 花屋の店員が目を覚ました。

「なんで、こんなところで寝てたんだろ」

 砂利じゃりを踏む音。

 かげのなか、高校生くらいの男が遠ざかっていく。季節にそぐわない厚着。伸びた髪で右目がほとんどかくれて、表情が分からない。



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