魔物共よ、余の顔を忘れたか!

 この島はかつて、荒波に覆われていたはずである。

「この聖堂に礼拝したくば遺書を書いて来い」と言われていたほどに。


 だが、島の辺りを覆っていた水は、すっかり干上がっている。

 現在そこは、モンスターの群れで埋め尽くされていた。

 魔物は聖堂の管理者たちをむさぼり食っている。


「魔物の海ですな」

「ある意味、遺書が必要だね」

 レオとリザが、軽口をたたき合う。


 モンサンミシェルは、もはや聖堂の面影はなく、禍々しい魔の要塞と化していた。


 美しかった聖堂は内部が剥き出しになり、外壁は血で染まっている。

 もはや邪神を迎える祭壇を思わせた。


 モンスターたちが、アンの存在に気づく。

 血に飢えた眼差しが、一斉にアンへと向けられる。

 だが、殺意に満ちた目の色は、一瞬で脅威へと塗り替えられた。


 聖獣の上から、アンはモンスターたちに語りかける。

「モンスター共、余の顔を忘れたか!」



 魔物たちは、アンの方を向いた。


 

 どういうわけか、みなが怯えた顔になる。


「大公殿下ぁ」

「ははー。王妃殿下ぁ」

「お妃さまー」

「踏んでくれ、ままー」


 なぜか、モンスターたちが、低姿勢になった。

 数匹、変なヤツらが混じっているが。


「あんた、魔物にまで敬意を払われるほどだったのかい?」


「冗談でやってみただけなのに」


 アンが首をかしげていると、レオが状況を分析する。


「これはおそらく、アン殿の気迫に押されたのですな。それによって、モンスターの本能が制御されているのですぞ」


 野生動物がペットになる経緯のような感覚か。


 とはいえ、これは好都合だ。


「魔物たちよ、フランスを愛する心があるなら、道を空けなさい。さすれば、悪いようにはしないわ」



 アンの言葉を聞いたモンスターの群れが、道を譲ろうとした。




「そやつの甘言に騙されるな!」




 そのとき、一人の女性が聖堂のバルコニーに立つ。



「来たか、アン・ド・ブルターニュ!」

 メリュジーヌが、配下の魔物に号令を出す。



 魔物たちが、我に返ってしまった。


「かかれ者共! パリ打倒の前に、こやつらを喰らってしまえ!」



 野生に戻ったモンスターの群れが、アンに牙を剥く。



 アンの方も臨戦態勢に入った。


 チャキッと剣を鳴らす。


 それが合図となり、モンスターが爪や牙で斬りかかった。


「あいにく、モンスターのエサになる気はないよ!」

 リザが風の刃を竜巻にして、モンスターたちを切り刻む。


 さすがに魔物を峰打ちとはならない。

 アンもクラウ・ソラスを発動させ、魔物を斬り捨てた。


 流れるような体捌きで、刃を滑らせる。


 人間相手には本気になれなかった。

 これこそ、本来アンが持つ強さなのだ。


 クラウ・ソラスに斬られた魔物が、灰と化す。

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