出発の朝、ナントへ

 翌朝、ルイ一二世に決戦のことを話す。


「どうしても、一人で行くんだね?」

 ルイが、アンを引き留めようとした。


「もう、アンちゃんが戦う必要なんてないんだよ? どうして、一人で全部を背負い込もうとするの? キミはがんばったんだ。後は僕に任せてくれたらいいのに」


「彼女の狙いは、おそらくナント。ケルトの地です。ただ黙って戦況を見守るワケにはいかないわ。私が戦う必要があるの」


 魔物の襲撃に備え、首都には兵隊を残しておく必要がある。

 だからこそ、必要最小限の戦力で、決戦に向かう。


 おそらく、パリへ魔物を送り込んだのは、狙いがパリだと誤認させるためのブラフだ。


 たとえブラフだと分かっていても、万が一のことがある。パリを放置できなかった。


 アンの決意は固い。

 いくら夫の申し出でも、応じるわけにはいかなかった。


「長い間、お世話になりました。娘を頼みます。それと、他の子どもたちも」


「会ってきたんだね」

 それ以上、ルイは追求してこない。


 王宮に出ると、オルガが待っていた。

 さすがオルガだ。二日酔いの気配など微塵も見せない。


「殿下、止めてもムダなのですね?」

 オルガが、アンを強く抱きしめる。


「出迎えてくれてありがとう、オルガ」

「いってらっしゃいませ。殿下。それと、必ずお戻りになって」


 オルガと離れて、アンは伝史聖獣を呼んだ。

 巨大なゾウのカラクリにアンは乗り込む。


 最終決戦の前に、ナントを訪れた。

 一番、顔を見せに行かなければならない相手がいる。


「イザボー、いるかしら?」

「こちらに」


 アンにそっくりの女性が、ナント修道院の裏庭で、ニワトリにエサを与えていた。

 違うのは、背丈と胸がアンより小さいくらいだ。


「戦いに行くのですね?」

 なにも言わなくても、妹には姉の状況が分かったらしい。


「私にもしもの事があったら、王宮へ行って。いざとなったら、あなたがアン・ド・ブルターニュとして振る舞って」

「さすがにそれは、無茶ですわ。クロードとルネも、母との違いを見破るでしょう」


 冷静になって、アンは思いとどまった。

「ごめんなさい、無理を言って。私が帰るべきよね」


「それでこそ、我が誇るべき姉ですわ」


 妹イザボーに元気をもらい、今度こそ出発をする。


 決意を秘めたアンの前に、またも客人が。


「リザ、レオ!」

 かつての仲間が、各自馬に乗って現れた。


「こうやって揃うのは、出会った頃以来だね、アン」

「懐かしいですぞ」


 リザに続いて、レオがアンと並ぶ。


「どうして? あなたたちを巻き込みたくないってあれほど言ったのに!」


「あたしは、死ぬつもりなんてないからさ。アンの活躍を見届けないと」


 そう言うリザの隣で、レオもコクコクとうなずく。


「このレオナルド・ダ・ヴィンチの力なくして、かような理不尽なんぞ突破できませぬぞ!」


 アンは呆れた。

 同時に、張り詰めていた気持ちが楽になっていく。


「ウソばっか。こいつな、レミ教授の死亡を確認しなかったこと気に病んでてさ。どうやって詫びようかってずっと思い悩んでて」


「言わなければバレなかったものを!」


 リザとレオが軽口をたたき合う。 


「仕方ないわ。危なくなったら逃げるのよ!」

 聖獣にまたがり、アンは進路をモンサンミシェルに向けた。


「はいはい。分かってるよ。頼まれごともあるし!」


「この吾輩にすべてお任せあれ!」


 頼もしい相棒を連れて。

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