アンの限界

 確かに、クロードとルネはかわいい。


 だが自分は、他の子どもたちに何もしてあげられなかった。

 何もしてはならなかったのである。


 バロールに関与していれば、いつか死ねるはず。

 どこかで、アンは死に安らぎを求めてしまっていたのだ。


 だからこそ、アンは自分の情けなさに打ちのめされていた。

 だから今、申し訳なさで涙が止めどなく溢れている。


 自分は、こんなにも弱い母親だ。どうしようもなく。


「ありがとう。今まで生きていてくれて」

 アンは、子どもたちに感謝した。


 子どもたちが、アンに寄り添う。


「気は済んだかい?」

 ザルモワーズが、アンに問いかける。


「ええ。もう思い残すことはないわ」

 自分はもう、死んだ。


 希望は生きている。

 フランスにはクロードたちが待つ。

 ブルージュには、彼らがいるから。


 これで心置きなく、モンサンミシェルに襲撃ができる。


 だが、まだ確認しなければいけないことがあった。


「師ジャンヌ、ちょっと相談に乗って欲しいのだけれど」

「クラウ・ソラスについて、だろ?」



 図星をつかれ、アンは目を見開く。

「どうして分かったの?」


「もうそろそろ、限界が近いと思っていたところさ」


 クラウ・ソラスは、強大な力をくれる。

 だが、代償としてアンの命を大量に消費する。

 おそらく、アンの寿命すら削っているだろう。


「自覚があったのよ。自分が弱くなっているのではないかと」


「何を言ってるんだい!」

 弱気になるアンの肩を、ザルモワーズはバンバンと叩く。


「威力自体は落ちていないさ。今までの相手が強かったんだ。あんたはよくやったよ」


 そう言われたなら、安心できる。

 アンが弱くなったわけではないから。


「でもね、連発は控えるんだ。あんなドデカいケルトの魔力をぶっ放すんだ。命がいくつあっても足りないさ」


 クラウ・ソラスを扱うには、代償が必要である。

 それはアンの命だ。


 これまでの人生で、アンは大切な命たちを失ってきた。

 果たして自分は、彼らに償いをできただろうか。


「死ぬのは怖いか?」

「いいえ。まだ死ぬわけにはいかないだけよ」


 自分が死ぬのは怖くない。

 ただ、何もできなかった命のために、無駄死にだけは避けたかった。

 それだけの気持ちで、アンは立っている。



「アン王妃、あなたに授けたいものがございます」

 言ってから、ベリー公はアンの額に手を当てる。


 ベリー公の手の平が、白い光に覆われた。

 光は、アンに流れ込む。


「少しだけ、わたくしの力をあなたに分け与えました。メリュジーヌとの戦いにお役立てください」


「感謝致します。ベリー公さま」


 続いてアンは、ザルモワーズと握手を交わした。


「こんな老いぼれですまないね。もう少し若ければ、露払いくらいやってやれるのに」

「お気持ちだけで十分よ、師ジャンヌ」


 今度こそ、帰ってこられるか分からない。


 フランスを守るため、最後の戦いに赴く。

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