アンの心残り

「逆恨みもいいところね」


「しかし、復讐は人を強く育てます。フランスへの復讐が、彼女にとっての生きがいだったのでしょう」


 夫に捨てられたことも、メリュジーヌに眠っていたフランスへのヘイトを増幅させたのだろう。

 フランスに敗れ、ポワティエを追われたメリュジーヌは身を潜めた。大量の魔物と交配し、バロール教団を結成する。


「彼女は今、どこに向かっているの?」


「モンサンミシェル修道院。そこを襲って、根城にしています」


 かつて、大天使ミカエルによって、邪悪な龍が退治された場所だ。


「フフ、モンサンミシェルね。おあつらえ向きな戦場だわ。ケルトの聖地でもあるんですもの」


 皮肉を込めて、アンは笑う。


 その修道院がある島は、かつてモン・トンブと呼ばれ、ケルト人が信仰していた。


「貴重な話を、ありがとうございます。ベリー公。では、さっそくモンサンミシェルへ」


「待って、あなたを呼んだのは、もう一つ理由があります」

 去りゆこうとするアンを、ベリー公が止めた。


「あなたに会わせたい人々がいるのです。わたくしの世話係なのですけれど」


 茶色い装束に統一された、フード姿の者たちが、ゾロゾロと出てくる。


 一瞬、ドルイド?かと思った。


 だが違う。


「あの子たち」は。



「あ、あああ!」



 アンは、口元を両手で覆った。思わぬ「子どもたち」との再会に、泣き崩れる。



「お分かりになりますか?」




「はい! てっきり死んだかと」




 アンには、彼らが「自分が生んだ子どもたち」と分かった。




 前王シャルルとの間の子は、いずれも早世している。


 だがそれは、ウソだった。

 アンとシャルルの子は、みんな耳が犬だったり、一つ目だったりしたという。シャルルの中にあるヴィーヴルの血脈が濃すぎたせいらしい。


 アンにはショックだろうと素性を隠し、他の子どもたちは、王族を継ぐのに相応しくないと「処分」された。

 そう言い聞かされていたのである。


 だが、こうして、また再会できた。


「わたしは無理を言って、アン様が産んだ子どもたちの世話を引き受けたのです。彼らに継承権を放棄させることを条件に。でもごめんなさい。甥と姪しか助けられませんでした」


 目の前にいる子どもたちの中には、ルイとの子どもは含まれていない。

 知っている。みんな、アンの目の前で死んだから。


「いいえ。ありがとうございます。こんなにも立派に育ててくれて」



 思わず、アンはみんなを抱きしめようとする。

 だが、代わりに自分を抱く。

 自分には、彼彼女らを抱く資格など、微塵もないのだから。


 膝を折って、アンはドルイド風の子どもたちに詫びた。

 許してもらえなくてもいい。


 不自由な思いもしただろう。

 王位を継げないどころか、人間扱いさえしてもらえていたかどうか。


「でも、どうして?」


「ヒドい言い方をすれば、人質さ」

 ザルモワーズが、包み隠さずに言う。


 もし、フランスがバロール打倒に協力しないなら、彼らを王位継承者として祭り上げ、クーデターを起こすつもりだったらしい。

 冒険者ギルドが妙に権限を持っているのは、彼らの存在が原因だった。


「この子たちも最初は、フランスを恨んださ。でも、アン自らがバロールを撃退する姿を見て、頼まれたのさ。『フランスと争わないでくれ』ってね」


 弱き人々の盾になり、強く生きる母に、子どもたちは心を打たれたという。


「私は、そんな強い女じゃないわ」

 アンは首を振った。


 自分は「無意識に死に場所を求めていた」にすぎないのだ。

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