ブローニュの森での決闘

 メルツィは、クロードの行方を追跡する。


 学校への通り道に、馬車が止まっていた。


 レミ教授が、クロードを馬車に載せている。

 メルツィに気づいたレミ教授が、慌てて馬車を走らせた。 


「待て!」

 ギリギリで、メルツィは馬車の天井にしがみつく。


「振り落としなさい!」

 レミ教授が、御者に指示を飛ばす。


 メルツィも負けない。揺れる馬車に必至で食らいつく。


 市街地を抜け、馬車はパリを離れていった。

 川沿いを走り、際だった岩山に進路を取っている。


 ここは、ブローニュの森だ。なるほど、この森はルイ一一世の代で、今でも道が整備されている。

 そのどさくさに紛れて、レミ教授はアジトを作ったらしい。




 一つの影が、メルツィに向かって降りてきた。

 刺客の手には、装飾が施された細いサーベルが握られている。



 攻撃をかわそうとして、メルツィは馬車から手を放してしまう。

 凄まじい勢いで、メルツィは馬車から振り落とされた。

 転がりながら、地面に叩き付けられる。


 メルツィを襲った刺客は、髪の長い女だった。

 ウェーブの掛かった髪は、濡れたようにしなやかである。

 妖艶さと清楚さ、気品を表現していた。

 だが、漂う冷徹な雰囲気は、いつぞやのドロテを思わせる。

 人間のたどり着ける美しさではない。


「教授は、随分とエレガントな配下をお持ちだ」

 イタリア人特有の、すぐ口説くクセが零れた。

 軽口を叩かないと、美貌に油断を招きかねない。


 それほどに彼女は美しく、恐ろしかった。


「褒めていただかなくとも結構!」

 女刺客は、有無を言わさず剣を抜く。


 仕方なく、メルツィの方も武装した。刺客程度なら、軽くあしらえる。


 だが、メルツィの見込みは、アメ玉のように甘かった。


 三節紺の独特な動きに、刺客はついてきたのである。

 まるで、こちらの動きを読まれているかのようだ。


 手強い。今まで戦ってきた相手とは格が違う。


 狙いを外さない正確さと、殺すまで追跡する執念。

 おそらく、彼女が教師殺害の犯人だ。

 あのサーベルが、凶器に違いない。


「あなたは何者だ?」

「メリュジーヌ。それだけ言えば、分かる者がいよう」


 見た目からして、高名な貴族を思わせる。

 しかし、貴族でここまでケンカ慣れしている相手に、メルツィは出会ったことはなかった。


 まして自分はかつて傭兵だ。戦争を生き残ったのである。


 アン以外に、傭兵クラスの相手を手玉に取る貴族がいたのか。


「残念だ。もっと早く出会っていたら、口説き落とせたかも」


「ご心配なく。あなたが生まれた頃には、もう未亡人でしたわ」


 ジョークかと思えた。


 相手は、どう見ても二〇代に見える。

 しかし、レミ教授の手下だ。何か細工をしている可能性もある。若さを与えるから軍門に降れと指示されているのか?


「どうしてレミ教授の配下に?」



「違う。私が教授を動かしているのだ!」



 一瞬、思考が停止した。



 そのスキを見逃す刺客ではない。



 回し蹴りを腹に叩き込まれ、メルツィは川にたたき落とされた。


「運がよければ死にはしまい」

 追撃せず、刺客は去って行く。



 川に流されるフリをして、メルツィは去りゆく刺客を目で追いかけた。

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