第四章 Ne pas se mettre en forme, Mauvais voeux(うぬぼれるなよ 邪悪な願い)

教団不在

成敗ピュニール!」


 アンのかけ声と同時に、ジャネットとメルツィが悪党を斬った。


「妙ね」

 事切れた悪漢を見下ろしながら、アンは思案を巡らせる。


 ジャネットがレオと結婚して一ヶ月後、パリの街に最初の春が来た。


 これまでアンが退治してきた悪党は、どれもバロールと関係ない小さな貴族ばかりである。

 バロールの動きも、沈静化してきたのかと思っていた。


 今回潰した悪徳貴族も、教団とは関係がない。

 

 室内を探っているが、出てくるのは業者が横領した金を受け取っていたという証拠ばかり。教団に手を貸している形跡はなかった。教団がよこした配下を連れているワケでもない。


「そっちはどう?」

 同じく部屋を調査しているジャネットとメルツィに、アンは声をかける。


「宗教的な痕跡なんて、影も形もないッス」

 本棚を漁っていたジャネットが戻ってきた。


「不正を暴く帳簿なら、こんなに」

 金庫を破壊したメルツィが、収穫品を机にドンと置く。


「これはこれで、フランスの闇を断つ証拠品になるけれど」


 弱い相手ばかりなので、楽なのは確かだ。


 このところ激戦続きだった。

 それだけに、本業が忙しいイコやレオが出張ることが減ったのは、喜ばしいことである。彼らは本来、戦う必要性がない存在だ。


 とはいえ、教団がなりを潜めているのが、アンには不気味に思えて仕方がない。


 ドロテを倒したことが、教団にとって響いているのかも。


 レオが後に調べたところ、ドロテは人工的に改造された人間だったという。

 モンスターの細胞をドロテに移植して、怪物の力を与えたのだと。


 人を別の存在へと作り替えるなんて、可能なのか。

 話を聞いて、アンは、にわかには信じられなかった。


 レオが言うには、これまで倒してきた「変身能力のある貴族」たちも、同様の改造が施されていたらしい。


 その中でもドロテは、別格の強さを誇っていた。

 彼女一人だけでフランス全土を破壊できるような。


 彼女のような強い怪物は、そうそう何体も作れないのではないか、とレオは結論づけていた。 


「ヤツらだって、姐さんの存在感にビビってるんスよ」

 アンを励ますかのように、ジャネットが笑いかける。 

「姐さんが地道に悪者を潰して言ってるおかげッスよ。自信を持ちましょうって」


「だと、いいのだけれど」

 

 楽観的になっては、敵に足下をすくわれるのではないか?

 とはいえ、あまり気にしすぎるのもよくない。


 全てをバロールのせいにするのは、早急すぎる。バロールの教示があろうがなかろうが、少なからず人は悪事を働く。


 今はフランスの膿を取り除くことに専念しようと、アンは考えを切り替えた。

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