伝史聖獣、大地に降り立つ!

「巨人になった!?」

 仲間を下がらせ、アンは身構える。


 身体を震わせ、ドロテはセーヌ川から上がってきた。全長は、一〇メートルはあるだろうか。


「許さねえ! 全員まとめて食ってやる!」

 巨大化したドロテの肌は、病的に青白い。皮膚には、水かきやウロコが生えていた。


「ドラゴン?」

「あれは海竜! シー・サーペントですぞ!」


 ドロテが闇夜に吠える。もう人間の発する声ではない。


 パリ中の住民たちが、何事かと集まってくる。


「いけない。こんなにも人がいたら、被害が拡大するよ!」


 犠牲者が出るまでに仕留めなければ。


 先に動いたのは、イコだった。跳躍し、刀を抜く。

「おのれ妖魔!」


 イコの妖刀は、ドロテの腕にわずかな傷をつけただけ。

 ダメージには至っていない。


 蚊を払うように、ドロテが腕を振った。それだけで、イコは吹っ飛んでしまう。

 

 リザが風の魔法を唱え、イコは壁に激突せずに済んだ。

 

 それでも、攻撃を防いだ際のケガは残っていた。


 レオが駆け寄り、イコの傷を癒やす。


「打つ手なしだよ、アン! あたしの魔法もあんたの剣も、多分通用しない!」


「方法はありますぞ!」


 みんなが絶望する中で、レオだけは確信を持って断言した。


「アン殿! 今こそ、例のカラクリを呼ぶときかと!」

 伝史聖獣レ・マシーンを呼べと。


「どうやって呼ぶの?」


「空に向かって叫びなされ! きっと呼びかけに応じてくれますぞ!」


 レオの指示通り、アンは曇り空に叫んだ。



「伝史聖獣 ド・リル!」



 暗雲に穴が開き、全長一〇メートルの巨大なゾウのカラクリが、降りてくる。


「空を飛ぶこともできるの?」


「転送魔法ですぞ。アン殿の呼びかけに、ゾウが答えたのでしょうな。あのカラクリは、神の乗り物。物理法則など無視するのですぞ!」


 ムチャクチャな理論だが、レオが言うと正しいかも、と思えてしまった。



「なんだ、ぐああ!」



 急降下してきたゾウは、ドロテの脇腹にクリーンヒットする。


 ゾウの体当たりを食らい、ドロテは更地まで吹き飛ばされた。


 何も考えなしに攻撃しかと思ったが、ゾウにも思考はあるらしい。


  勢いに任せて、ゾウはアンを次の標的に選んだ。

「よけなされ、アン殿!」

「大丈夫。このゾウが、私の思い描いているとおりの性格なら」

 アンをはね飛ばす直前に、ゾウはひざまずいてブレーキをかけた。

 

 頭を下げながら、ゾウはアンの元まで滑り込んでくる。


 アンは、うつむいているゾウの眉間に足を置く。


 ゾウは停止した。

 鼻をアンの足下にて、階段のようにそらせる。

 登れと指示しているのだ。


 アンがゾウの鼻を登った。

 鼻が勝手に動き、ゾウの顔前で立ち止まる。


「さあ、反撃開始よ!」

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