アンの救いの手

 ジャネットがドロテに飛びかかった。一撃一撃が必殺の、徒手空拳である。


 なのに、ドロテ相手には、かすりもしない。



「敵うと思っていたのかい? アンタに稽古をつけたのはアタシだよ!」


 軽く脇腹を蹴られ、ジャネットは吹っ飛ぶ。


「お目当てはダ・ヴィンチだけさ。アンタはきょうだいの後を追うんだね!」


「くっ!」

 苦々しい顔になりながら、ジャネットが尚も立ち上がろうとする。


 足下に、クナイが落ちた。


 拾おうとしたら、ドロテにクナイを蹴り飛ばされる。


 クナイが、カランカランと音を立てて見えなくなっていく。


「どうせ助けなんてこないよ。この地下要塞は、アタシらしか知らない」


「果たして、そうでしょうかな?」


「ああ?」

 ドロテが不機嫌な表情になった。


 瞬間、雷撃がドロテの周囲に迸る。手下の一部が、一瞬で行動不能になった。


 現れたのは、背の高い女性冒険者と、サイドポニーのエルフである。


「遅かったですな、アン殿にリザ殿。そして」


 見慣れない男性が、アンの側に仕えていた。


「フランチェスコです。レオ様、おけがは?」


「負傷していても自分で直せますぞ」


 レオだってヒーラーだ。ケガはジャネットとドロテが戦闘している間に治癒した。


「リザさん、どうしてここが分かったんスか?」

「あんたの正体は、分かっていた。メイドのジャネットだろ?」

「どうしてあたいのこと?」


「銀貨さ。あんた、あたしに銀貨を見せただろ? それをよく見てみな」


 ジャネットは、銀貨を裏返してみた。


「この肖像は」


 銀貨には、アン・ド・ブルターニュの横顔を象った模様が。


「あはは。アタイがスパイだって、バレていたんスね」


「ジャネット、こいつらと縁を切りな。子どもたちは無事だ。安心していいよ」


 リザはそう言ってくれたが、ジャネットは首を振る。


「ありがとうッス。でも、一度汚れちまったアタイは、もうお日様の元には」



「バカを言いな!」

 レオ同様、リザもジャネットを恫喝した。


「あんたの人生はあんたのものだ。人に操られて生きてるんじゃないよ! そんなんできょうだいとやっていけるほど、人生ってのは甘くないんだ。アンは、あんたを信じてたよ。だから、銀貨を渡したんだ」


 ジャネットは、アンと目を合わようとしない。


「落とし物よ、ジャネット」


 アンが、ジャネットの落としたクナイを渡してきた。


「期待を裏切っちまったッス。スンマセン」

 ジャネットは受け取ろうとしない。


「あなたの償いは、これからでしょ」

 アンはジャネットの指に、クナイを引っかけた。

「自分の道は、自分で切り開きなさい」


「ウス!」

 決心した表情を見せて、ジャネットはクナイを握り混む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る