貧民街の暴動

「こちらです、殿下!」


 レオの屋敷から、アンは貧民街へ直接向かう。フランチェから報告を受けたのだ。


「何事なの、これは」


 貧民たちが、詰め所に火を放っていた。

 火事はボヤ程度だが、騒動は収まる気配がない。


「もう我慢ならねえ! 工費を払えってんだ!」


 怒れる労働者たちは、手に松明を持ち、詰め所に放り投げていく。


 バチバチと火の粉が上がった。貧民街の異臭と煙が混ざり、詰め所は猛毒めいた悪臭を放つ。


 従業員代わりのゴロツキが、バケツで詰め所に水をまいた。


「うるせえ、とっとと帰りやがれ!」

 火消しに専念するゴロツキが、労働者たちを睨む。


「このやろ、約束の品を払ってもらうまで暴れまくってやる!」


「どけ、邪魔だ!」

 ゴロツキは、組み付いてくる労働者たちを太い腕で蹴散らした。とうとう刃物まで持ち出す。



「おやめなさい!」

 このままでは殺し合いに発展してしまう。

 アンは、労働者とゴロツキの間に割って入った。


「女はすっこんでろ!」

 ゴロツキの刃物がアンを狙う。


 アンはゴロツキの手首を捻った。


 太い指から、刃物がこぼれ落ちる。さすがの力自慢も、アンの恐ろしさが分かったのか、おとなしくなった。


 ゴロツキはフランチェにおさえてもらい、労働者たちから事情を聞く。


「私は冒険者です。何かあれば、こちらで対処します。詳しく話しなさい」


「男爵が金を払ってくれねえんだ! タダ働きだぜ!」


 労働者たちの話に、ゴロツキが割って入ってくる。

「それは工費が思った以上にかさんだからだと説明してるだろ!」


「あなたは黙ってなさい!」


「はいいいい」

 アンの恫喝だけで、ゴロツキは萎縮した。


「続けて」


 金をくれないどころか、「工事はまだ終わっていない」と、用途不明な地下要塞まで作っているという。


「地下要塞の場所は?」


「セーヌ川の真下。橋の付近だろう。平民街のあたりかと」


 フランチェから地図をもらい、場所を確認した。


「下水処理場とは別の方角です。明らかに別の目的で作られていますね」


 確か、レオも同じような場所を指していたが。


 敵は、何を考えている?

 地下に洞窟などを掘って、何をするつもりなのか。


「あいつら、工事がおわらねえってんで、さっきガキまで連れ去りやがった!」


「ガキって?」

 イヤな予感が、アンの脳裏によぎった。


「貧民街の隅に住んでるチビ共さ」


 間違いない。ジャネットのきょうだいたちだ。


「貧民街の西に向かった。工事現場の入り口がある」


「ありがとう! 行くわよ、フランチェ!」


 貧民街の西なら、すぐそこである。

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